関西大学大学院の研究チームは、日本の学校運動部活動における「恋愛禁止」ルールの実態について、大規模なアンケートとインタビューを用いた社会学的調査の結果を発表しました。運動部における恋愛禁止は、勝利至上主義や生徒のセクシュアリティ(性のあり方)管理を背景に、特に女子選手や強豪校において正当化されやすい傾向があります。
今回のポイント
- 中学・高校の運動部員の約10%が「恋愛禁止」を経験している
- 全国大会を目指す強豪校や武道部において、恋愛禁止の割合が有意に高い
- 中学では「女性指導者から女性選手」への恋愛禁止が、男性指導者より多い
なぜ「恋愛禁止」は当たり前のように存在するのか?
日本の運動部活動において「恋愛禁止」という言葉は、マンガやドラマの世界だけでなく、現実の教育現場でもしばしば耳にするルールです。しかし、個人の自由や人権に関わるこの問題について、学術的な調査はこれまで十分に行われてきませんでした。これまでの数少ない先行研究では、主に「男性指導者が女性選手を支配・管理する」という文脈で語られることが多く、一種の ミソジニー(女性蔑視や女性に対する嫌悪感)や家父長的なコントロールが背景にあると指摘されてきました。
本研究は、このルールがどのような競技種目や指導環境で課されやすいのか、その実態を明らかにすることを目的としています。単なる個人の指導方針ではなく、日本の学校教育が持つ構造的な問題として「恋愛禁止」を捉え直そうとする試みです。
大学生500人を対象とした広範なアンケートと対面調査
研究では、関西圏の大学に所属する学生500名を対象にアンケート調査を実施しました。そのうち運動部活動の経験がある492名(中学時441名、高校時423名)のデータを分析対象としています。調査では、性別、競技種目、所属していた部の競技レベル(全国大会を目指していたかなど)、指導者の性別といった項目と、恋愛禁止ルールの有無との関連を調査しました。
さらに、実際に恋愛禁止を経験した女子学生2名に対し、約40分間の 半構造化インタビュー(あらかじめ決めた質問項目に沿いつつ、状況に応じて自由な回答を促す対話形式)を行い、ルールが課された背景や部活動内の空気感、指導者からの具体的な言葉などを深く掘り下げました。
武道部や強豪校、そして女子指導者に目立つ禁止ルール
アンケートの結果、運動部員の約10%が恋愛禁止を課されていたことが判明しました。特に注目すべきは、ルールが課されやすい環境の傾向です。
第一に、競技レベルとの強い相関が見られました。中学・高校ともに、全国大会出場を目指すレベルの部活動では、そうでない部活動に比べて恋愛禁止が課される割合が統計的に有意に高いことが示されました(中学 $p=.005$, 高校 $p=.008$)。ここで言う p値 とは、その結果が偶然に起こる確率を示す数値で、0.05未満であれば統計的に意味のある「有意な差」であると判断されます。
第二に、種目別では「武道系」の部活動において、中学・高校ともに恋愛禁止の可能性が有意に高まることが明らかになりました。中学では体育館競技(バスケットボールやバレーボールなど)でも禁止率が高い傾向にありました。
第三に、最も意外な発見は指導者の性別による違いです。中学校の女子選手の場合、男性指導者よりも「女性指導者」から恋愛禁止を課される割合が高いという結果が出ました($p=.019$)。これは「男性による女性支配」という単純な構図だけでは説明できない、同性間での規律訓練やセクシュアリティ管理が存在することを示唆しています。
「24時間、競技のことだけを考えろ」という一意専心の要求
インタビュー調査からは、数値だけでは見えない深刻な実態が浮かび上がりました。ある対象者は、指導者から「他の強いところが何をしているか考えろ。24時間ずっとバスケのことを考えろ」と指導されていたと語っています。これは、恋愛という「競技以外の要素」を排除し、部活動に 一意専心(一つのことに心を集中し、他に動かされないこと)することを美徳とする日本のスポーツ文化を象徴しています。
また、恋愛禁止が「望まない妊娠の防止策」として導入されたケースも確認されました。ある吹奏楽部で妊娠騒動があったことをきっかけに、運動部でも連帯責任的に恋愛禁止が強化されたというエピソードは、指導者が生徒を「自律した個人」としてではなく、厳格に管理すべき対象として見ている側面を浮き彫りにしています。このように、パフォーマンス向上、チームの和、そして性的なトラブルの回避といった多層的な理由が、恋愛禁止という人権侵害の疑いがあるルールを「教育的な善」として正当化させているのです。
部活動の枠を超えた「学校文化全体」の構造的問題
著者の高橋氏は、恋愛禁止という規範は運動部特有のものではなく、日本の学校文化全体に根ざした構造的な問題である可能性を指摘しています。「チームらしさ」という感覚を維持するために個人の感情を抑圧し、規律ある大人を作り出そうとする教育のあり方が、このルールを存続させている要因と言えるでしょう。本研究はサンプル数が限定的であるという課題を残していますが、今後、勝利至上主義と恋愛禁止の関係性や、同性指導者間での管理メカニズムについてさらなる検討が必要であると結論づけています。スポーツを通じた豊かな人間形成を考える上で、この不透明なルールの是非を問い直す時期に来ているのかもしれません。
参考文献
高橋 周(2025).日本の運動部活動における恋愛禁止ルールの実態に関する社会学的研究 スポーツ社会学研究,34(1),1-11.


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