関西大学の谷本奈穂教授と成蹊大学の渡邉大輔講師の研究チームは、日本の恋愛と結婚をめぐる価値観が、1990年代を境に劇的な変化を遂げていることを明らかにしました。
かつては「恋愛すれば結婚するのが当たり前」と考えられていましたが、現代ではその常識が揺らいでいます。この記事では、1万2000人以上の大規模調査と、数十年分の雑誌分析から見えてきた、私たちの「愛のカタチ」の現在地を探ります。
今回のポイント
- 「恋愛のゴールは結婚であるべき」という考え方は、90年代以降、若い世代を中心に大きく衰退した。
- 「結婚には恋愛感情が必須だが、恋愛が結婚に直結しなくても良い」という「ロマンティック・マリッジ」という新常識が台頭。
- 現代の結婚は「経済的条件」と「恋愛感情」の両方をクリアしなければならず、ハードルが非常に高くなっている。
40年間の雑誌分析と1万人への意識調査で迫る「恋愛観の変化」
研究チームは、目に見えない「恋愛の価値観」を可視化するために、2つのユニークな調査を行いました。
まず1つ目は、1970年代から2000年代にかけて発行された『週刊プレイボーイ』や『アンアン』など、若者向け雑誌の恋愛記事248冊(約1,600ページ)の分析です。記事の中で「出会い」「デート」「セックス」「結婚」といったエピソードがどのように並んでいるかを調べ、時代の「恋愛物語」を復元しました。
2つ目は、2015年に実施された20歳から69歳の男女1万2,007人を対象とした大規模なウェブ調査です。これにより、世代間で恋愛や結婚に対する考え方がどう違うのかを数値で捉えることに成功しました。
ここで鍵となる専門用語が、「ロマンティック・ラブ・イデオロギー」です。これは、「愛と性と結婚は一つに結びつくべき」という近代的な考え方を指します。つまり、「好きになった相手と結ばれ、結婚して子供を作るのが正しい姿である」という、かつての日本社会を支えてきた規範のことです。
雑誌から「結婚という結末」が消えた!90年代に起きた大転換
雑誌分析の結果、驚くべき事実が判明しました。1970年代の雑誌では、恋愛記事の約29.2%に「結婚」という言葉が登場し、物語の明確なゴールとして描かれていました。
しかし、1990年代になるとその割合は2.0%にまで激減し、代わりに「魅力」や「アプローチ」といった、恋愛のプロセスそのものを楽しむ記事が中心になったのです。
これは、社会の中で「恋愛は必ずしも結婚につながらなくていい」という認識が広がったことを意味します。研究チームは、この現象を「ロマンティック・ラブ・イデオロギーの弱体化」と呼んでいます。かつては結婚が恋愛の「正当性」を証明する審判員でしたが、その役割が失われたのです。
20代の54%が「恋愛のゴールは結婚ではない」と回答
この変化は、1万2,000人の意識調査データでも裏付けられました。「恋愛のゴールは結婚であるべきだ」という質問に対し、否定的な回答をした割合は以下の通りです。
- ・20代: 54.6%
- ・30代: 52.7%
- ・40代: 53.6%
- ・50代: 51.6%
- ・60代: 42.9%
60代の人々は依然として「恋愛=結婚」と考える人が多い一方で、50代以下のすべての世代で半数以上が「恋愛と結婚は別」だと考えていることが分かります。
さらに注目すべきは、「結婚するには恋愛感情がなくてはいけない」という項目への回答です。研究チームは、以下の2つの組み合わせに注目しました。
新常識「ロマンティック・マリッジ・イデオロギー」の正体
今の若者、特に女性に多く見られるのが「恋愛のゴールは結婚でなくて良いが、結婚には恋愛感情が必要」という考え方です。研究チームはこれを「ロマンティック・マリッジ・イデオロギー」と名付けました。
調査によると、20代女性の38.0%がこの新しい価値観を支持しています。これまでの「恋をしたら結婚しなきゃ」という義務感から解放され、「結婚はもっと良い相手を選ぶ機会」として、自由な恋愛を楽しむ層が現れているのです。
[Image showing percentage differences between age groups regarding “Love as a goal for marriage”]
「性格の不一致」が正当な別れに?SVR理論で見る関係の変化
恋愛と結婚の関係が変わった証拠は、「別れの理由」にも現れています。心理学には「SVR理論」という、対人関係が進むステップを説明する理論があります。
- S(Stimulus/刺激): 外見や雰囲気などの第一印象
- V(Value/価値観): 考え方や性格の類似性
- R(Role/役割): 生活を共にする上での役割の適合性(稼ぎや家事など)
かつての離婚理由は「生活費を入れない」「暴力を振るう」といった、結婚生活の「役割(R)」を果たさないことが主でした。しかし現代では、恋愛の別れも離婚の理由も、ともに「性格の不一致(V)」が圧倒的1位となっています。
これは、結婚が「生活の共同体」という役割重視の場から、「恋愛の延長線上にある情緒的な絆」へと変化したことを示しています。結婚は、恋愛と同じように「気が合わなくなったら終わるもの」として捉えられるようになったのです。
専門家の考察:なぜ「結婚のハードル」は過去最高に高いのか
研究チームは、恋愛が結婚の束縛から解放された一方で、皮肉にも「結婚そのもの」の難易度は上がっていると指摘しています。
かつての「お見合い結婚」は、条件さえ合えば恋愛感情がなくても成立しました。しかし現代の結婚システムは、「経済力などの生活条件」と「燃え上がるような恋愛感情」の両方を同時に満たすことを要求しています。
これを研究では「二重の重荷」と表現しています。不況で経済的な条件を満たすのが難しくなっている中で、さらに「一生愛し続けられる性格の不一致のない相手」を見つけなければならない。この高すぎるハードルが、現代の晩婚化や非婚化の一因になっていると推測されます。
研究の限界とこれから
今回の調査は2015年のデータに基づいた横断的な分析であり、同じ人が年齢を重ねてどう変わるかを追ったものではありません。また、インターネット調査という特性上、回答者の属性に偏りがある可能性も考慮する必要があります。
しかし、1万人を超えるデータが示す「恋愛の解放と結婚の困難さ」という現実は、私たちが直面している社会問題を色濃く反映していると言えるでしょう。
恋愛が自由になった現代だからこそ、私たちは「自分にとっての幸せな結婚とは何か」を、かつてないほど真剣に問い直されているのかもしれません。
参考文献
谷本 奈穂・渡邉 大輔 (2016). ロマンティック・ラブ・イデオロギー再考 ―――恋愛研究の視点から――. 理論と方法, 31(1), 55-69.
次は、この研究結果を踏まえて「現代の若者が結婚相手に求める具体的な条件」について、さらに深掘りした記事をまとめましょうか?


コメント