2024年1月、メキシコ国立自治大学(UNAM)のSagrario Cordero-Molina氏らは、昆虫やクモなどの無脊椎動物において「メスがどのようにオスを選別しているか」という神経・分子メカニズムをまとめ、学術誌『Frontiers in Endocrinology』で発表しました。
生物が子孫を残す上で、配偶者選び(性淘汰)は極めて重要な決断です。これまで無脊椎動物の配偶者選びの研究は「目立つオス」の行動にばかり注目が集まってきましたが、本研究ではそのシグナルをメスの脳がどのように処理し、最終的な拒絶や受け入れを判断しているのか、その舞台裏が明らかになりました。
今回のポイント
- メスの配偶者選択は、交尾前、交尾中、交尾後の3段階で脳が制御している
- 「愛のホルモン」オキシトシンの祖先遺伝子は約6億年前に誕生していた
- メスは脳内の特定遺伝子を働かせ、不要な精子を自ら排出・選別する機能を持つ
研究の手法
研究チームは、ショウジョウバエ、コオロギ、クモ、甲虫など、多種多様な無脊椎動物を対象とした最新の遺伝子解析、行動観察、および神経生物学的研究の結果を系統的に精査しました。
具体的には、脳内の特定の神経回路が「オスの求愛」をどのように受け取っているかを調査しました。また、遺伝子の働きを抑える「RNA干渉(RNAi)」という手法を用いた実験データを分析し、特定の遺伝子が失われた際にメスの選別行動がどう変化するかを詳細に比較しました。さらに、脊椎動物との共通性を探るため、ホルモンや神経伝達物質の進化プロセスの解析も行っています。
結果(数値と事実)
1. オキシトシン系の深い歴史
人間で「愛のホルモン」と呼ばれるオキシトシンやバソプレシンに相当する遺伝子系は、約6億年前まで遡る共通の祖先を持つことが判明しました。例えば、子育てをする甲虫(Lethrus apterus)では、ペアが形成される瞬間にこれに類する物質「イノトシン(inotocin)」の脳内濃度が最大になります。
2. 遺伝子による受容性のコントロール
ショウジョウバエの研究では、「doublesex(dsx)」と「fruitless(fru)」という2つの主要な遺伝子が、メスの交尾受容性を厳格に管理していることが示されました。実験においてdsxを発現するニューロンの活動を抑制したところ、メスの交尾受容性が顕著に減少することが数値的に実証されています。
3. 脳が操作する「精子のダンピング」
交尾が終わった後でも、メスの選別は続きます。ショウジョウバエの脳内にある「DH44」というホルモンと、その受容体「DH44R1」が関わる神経回路が、受精に使う精子の保持や排出をコントロールしています。この遺伝子の働きを阻害すると、メスは対照群と比較して、非常に速いスピードで精子を体外へ排出(ダンプ)するようになります。これは、メスが「質の悪いオス」の精子を脳の指令で拒絶できる仕組みの存在を裏付けています。
著者の考察・結論
研究チームは、無脊椎動物のメスが決して「受け身」の存在ではないことを強調しています。メスの脳は、オスの歌や匂いなどの情報を統合し、自身の繁殖成功率を最大化するために高度な情報処理を行っていると結論づけました。
著者は「メスは脳内の報酬系や記憶中枢を活用し、以前に出会ったオスとの比較に基づいて、将来出会うオスへの合格ライン(受容閾値)を調整している可能性がある」と推測しています。例えば、ゴミムシダマシ(Tenebrio molitor)のメスは、より魅力的なオスを評価する際に脳内の「ビテロゲニン」というタンパク質のレベルが高まり、エネルギー消費と引き換えに慎重な選別を行っています。
今後の課題として、実際の自然界における性行動中の神経活動をより精密に追跡する必要があるとしていますが、今回の知見は、複雑な脊椎動物の恋愛感情や配偶者選びの進化を理解するための、重要な基礎になると示唆しています。
虫たちの世界でも、メスは脳のエネルギーをフル回転させて、最高の一匹を選び抜いているのです。
参考文献
Cordero-Molina, S., Fetter-Pruneda, I., & Contreras-Garduño, J. (2024). Neural mechanisms involved in female mate choice in invertebrates. Frontiers in Endocrinology, 14, 1291635. https://doi.org/10.3389/fendo.2023.1291635


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