2023年10月、オーストラリア国立大学のAdam Bode氏は、人間が抱く「恋愛感情」の起源に関する新たな理論を、学術誌『Frontiers in Psychology』にて発表しました。
これまで恋愛は、性欲や愛着などとは独立したシステムとして進化してきたと考えられてきました。しかしBode氏は、脳科学や内分泌学の最新データに基づき、恋愛はもともと備わっていた「母子間の絆」の仕組みを再利用(転用)することで誕生したという説を提唱しました。
今回のポイント
- 恋愛は「母子の絆」の脳内システムを再利用して進化した
- 脳の報酬系である「左側腹側被蓋野(VTA)」などの活動が母性愛と共通している
- 恋愛は「愛着」「執着」「性欲」など5つの仕組みが統合されたものである
研究の手法
今回の発表は、既存の恋愛に関する生物学的研究約45件を精査し、哺乳類の進化の歴史と照らし合わせた理論的レビューです。
著者は、人間の恋愛における心理状態、脳の活動、ホルモンの働きを詳細に分析しました。具体的には、fMRI(機能的磁気共鳴画像法)を用いた脳スキャン画像や、血液中のホルモン濃度を測定した過去の実験データを収集し、それらを「母親が子供に対して抱く愛情(母性愛)」のデータと比較しました。
特に、2022年に行われた大規模なメタ分析の結果(Shihらの研究)などを活用し、恋愛中と育児中の脳で、どの部位が共通して反応しているかを特定しました。また、プレーリーハタネズミなどの動物研究から得られた「つがい形成」のメカニズムも参考にしています。
結果(数値と事実)
1. 進化のタイムラグ
調査の結果、哺乳類における「母子間の絆」の仕組みは、約2億年前の初期哺乳類の誕生とともにすでに確立されていたことが判明しました。これに対し、人類の系統で「つがい形成(ペアボンディング)」や恋愛感情が発達したのは、わずか数百万年前のことであると推測されています。
この時間差は、恋愛がゼロから作られたのではなく、すでに完成されていた母子愛のシステムをベースに進化してきたことを示唆しています。
2. 脳内ネットワークの共通性
最新のメタ分析データを解析したところ、恋愛中と母性愛を感じている時の脳には、顕著な共通点が見つかりました。
特に、快感や報酬に関わる「左側腹側被蓋野(VTA)」という部位の活動が、両者で正確に重なり合っていました。ここはドーパミンが豊富な領域であり、特定の相手(子、または恋人)に対してエネルギーを集中させる役割を担っています。
3. ホルモン濃度の比較
内分泌学的なデータによると、恋愛初期のカップルは、シングルの人と比較して血中のオキシトシン(絆を深めるホルモン)濃度が有意に高いことが示されています。興味深いことに、恋愛初期のカップルのオキシトシンレベルは、最近親になったばかりの親よりも高いという報告もありました。
また、恋愛中の脳活動は、オピオイド(幸福感を与える物質)やドーパミンの相互作用によって、「薬物依存症」に近い状態になることも数値的に示されました。
著者の考察・結論
Adam Bode氏は、恋愛を単一の感情ではなく、以下の5つの独立したシステムが組み合わさったものであると定義しました。
- 絆の引き寄せ(Bonding attraction): 相手の近くにいたい、触れたいという欲求。
- 愛着(Attachment): 長期的な信頼関係を築こうとする力。
- 強迫的思考(Obsessive thinking): 相手のことで頭がいっぱいになる状態。
- 求愛の引き寄せ(Courtship attraction): 相手を惹きつけようとする初期の衝動。
- 性欲(Sexual desire): 性的な関わりを求める欲求。
著者の考察によると、このうち上位3つ(絆、愛着、強迫的思考)は、母子間の絆を維持するために進化した仕組みが、そっくりそのまま恋愛に転用されたものであると推測されています。本来は乳児の生存を守るための仕組みが、人類の進化の過程で、パートナーとの長期的な協力関係を築くために「再利用」されるようになったという見解です。
ただし、Bode氏はこの理論にはまだ未解明な点が多いことも認めています。特に、強迫的な思考を生み出す神経学的なメカニズムや、セロトニン系の関与についてはさらなる研究が必要であるとしています。今後は、恋愛が始まった瞬間から関係が安定するまでの脳の変化を追う長期的な研究が重要になると結論づけています。
恋愛感情の多くは、私たちが哺乳類として誕生した当初から持つ、子供を守り育むための深い愛情から枝分かれして生まれたものである可能性が高いといえます。
参考文献
Bode, A. (2023). Romantic love evolved by co-opting mother-infant bonding. Frontiers in Psychology, 14, 1176067. https://doi.org/10.3389/fpsyg.2023.1176067


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