ニューヨーク州立大学ストーニブルック校やラトガーズ大学、アルバート・アインシュタイン医科大学の研究チームは、2005年に「初期段階の強烈なロマンチックな愛」に関連する脳の報酬・動機付けシステムについての研究結果を発表しました。
この研究は、恋に落ちたばかりの人が、愛する人の写真を見たときに脳のどの部位が反応しているのかを解明するために行われました。
今回のポイント
- 恋愛初期の強烈な情熱は、脳内のドパミンが豊富な「報酬系」領域を活性化させる
- 恋愛は単なる感情ではなく、特定の相手を求める「動機付け(ドライブ)」の状態である
- 交際期間の長さに応じて、感情や記憶に関わる脳領域の活動が変化する
研究の手法
研究チームは、自分を「強烈に恋をしている状態」であると認識している17名(女性10名、男性7名)の参加者を募集しました。
参加者の年齢層は18歳から26歳で、平均年齢は20.6歳でした。彼らが「恋に落ちている」と感じている期間は1ヶ月から17ヶ月で、平均は7.4ヶ月です。
実験では、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)という装置を使用しました。これは、脳内の血流変化を測定することで、どの部位が活動しているかを視覚化できる装置です。
参加者は装置の中で、以下の4つのタスクを交互に行いました。
1. 愛する人の写真を見る(30秒間)
2. 4桁の数字(例:8,421)から7ずつ引き算を繰り返す「カウントバック課題」(40秒間)
3. ニュートラルな知人(同年齢・同性の顔見知り)の写真を見る(30秒間)
4. 再びカウントバック課題(20秒間)
「カウントバック課題」は、愛する人を見た後の興奮した感情を鎮め、次の刺激に対する反応を正確に測るための計算タスクです。
また、参加者は「愛の情熱尺度(PLS)」や「感情強度尺度(AIM)」といったアンケートに回答し、自分たちの恋愛感情の強さを数値化しました。
脳の「報酬センター」が反応
右腹側被蓋野(VTA)の活性化
実験の結果、愛する人の写真を見たとき、脳の深部にある右腹側被蓋野(VTA)が顕著に活性化することが確認されました(p=0.025)。
ここはドパミンを生成する細胞が集まっており、哺乳類が報酬(食事や金銭、快楽など)を期待して行動するときに重要な役割を果たす「報酬システム」の中核です。
尾状核と情熱の強さ
また、目標達成や動機付けに関わる尾状核(びじょうかく)と呼ばれる領域も活性化していました(p=0.005)。
特に興味深いのは、「愛の情熱尺度(PLS)」のスコアが高い人ほど、右前内側尾状核の活動が強かった点です。この相関係数は r=0.60(p=0.012)と、統計的に有意な強い関連を示しました。
顔の魅力による違い
第三者が評価した「写真の人物の顔の魅力度」と脳の反応を照らし合わせたところ、魅力度が高い相手ほど「左腹側被蓋野」が反応していることが分かりました(r=0.74、p=0.009)。
研究者は、右側のVTAが「相手を求める意欲(欲すること)」に関連し、左側が「視覚的な美しさの評価(好むこと)」に関連している可能性を指摘しています。
交際期間によって変化する脳
研究では、付き合っている期間の長さと脳の活動の関係についても調査されました。
交際期間が長くなるにつれて(8〜17ヶ月のグループ)、前帯状回(ぜんたいじょうかい)や後帯状回、島皮質(とうひしつ)といった領域の活動が強くなる傾向が見られました。
例えば、前帯状回の活動と交際期間の相関は r=0.57(p=0.002)でした。これらの領域は、執着的な思考や感情の処理、身体感覚の認識に関わっています。
一方で、恐怖反応に関わる脳の部位である「扁桃体(へんとうたい)」は、愛する人の写真を見た際に活動が低下する(p<0.002)ことが示されました。これは、愛が不安や恐怖を和らげる効果を示唆しています。
著者の考察:愛は「感情」ではなく「動機」
アーサー・アロン博士らの研究チームは、これらの結果から、ロマンチックな愛を「喜びや悲しみといった特定の感情」の一つとしてではなく、「特定の報酬(相手)を得ようとする動機付けの状態(ドライブ)」であると結論づけています。
これは、喉が渇いたときに水を求めるような、より生存に直結した根源的な欲求に近いものです。ドパミンを中心とした報酬系が働くことで、特定の相手に注意を集中させ、カップルとして結びつくためのエネルギーを生み出していると推測しています。
また、恋愛感情がコカインなどの薬物摂取時と同じ脳領域を刺激していることも指摘されており、これが恋愛特有の高揚感や、相手を失ったときの強い喪失感の原因である可能性があります。
著者は本研究の限界点として、調査が一時的な断面を切り取った「横断的研究」であることを挙げています。そのため、個人の性格の違いなのか、時間の経過による変化なのかを完全に区別するには、今後同じカップルを長期間追跡する調査が必要であるとしています。
初期の強烈な愛は、脳内の原始的な報酬システムを動かすことで、特定の個人との関係を維持しようとする強力な生存戦略であることが示されました。
参考文献
Aron, A., Fisher, H., Mashek, D. J., Strong, G., Li, H., & Brown, L. L. (2005). Reward, motivation, and emotion systems associated with early-stage intense romantic love. Journal of Neurophysiology, 94(1), 327-337.


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