オーストラリア国立大学のアダム・ボーデ氏とジェフ・クッシュニック氏は、2021年4月に学術誌『Frontiers in Psychology』において、恋愛に関する包括的なレビュー論文を発表しました。
研究チームは、生物学、心理学、人類学といった異なる分野に散らばる「恋愛」に関する知見を統合しました。
彼らは生物学の基本的な枠組みである「ティンバーゲンの4つの問い」を用い、恋愛がどのようなメカニズムで起き、なぜ人類に備わったのかを体系的に整理しています。
今回のポイント
- 恋愛は配偶者選択・求愛・性行為・ペア形成の4つの機能を果たす
- 母子間の愛着システムを転用して進化した可能性が高い
- 中毒や強迫性障害と類似した脳内・ホルモン活動が見られる
研究の手法:ティンバーゲンの4つの問い
本研究は、特定の実験参加者を集めた新規の実験報告ではなく、過去に行われた数多くの研究結果を統合・分析した「統合的レビュー」です。
著者は、動物行動学者のニコ・ティンバーゲンが提唱した「4つの問い」という分析枠組みを使用しました。
これは生物の行動や形質を理解するために用いられる以下の4つの視点です。
1. 至近要因(メカニズム):脳やホルモンはどう働いているか。
2. 発達要因(個体発生):一生の中でいつ、どのように発現するか。
3. 機能要因(適応的意義):生存や繁殖にどう役立つか。
4. 系統要因(進化史):進化の過程でいつ、どの種から生じたか。
研究チームはこれらの視点に基づき、神経生物学や内分泌学、進化心理学の文献を横断的に分析しました。
結果:恋愛の生物学的実態
脳とホルモンのメカニズム
メカニズムの観点からは、恋愛が特定の脳領域とホルモンの活動に関連していることが確認されました。
fMRI(機能的磁気共鳴画像法)を用いた研究群の分析によると、恋愛中の人の脳では「報酬系」と呼ばれる領域が活性化しています。
特に腹側被蓋野や側坐核といった部位は、ドーパミン(快楽や意欲に関わる神経伝達物質)の活動と強く結びついています。
また、恋愛初期には以下の生理学的変化が多くの研究で報告されています。
1. セロトニントランスポーター密度の低下:強迫性障害の患者と類似した状態であり、相手への強迫的な思考(頭から離れない状態)を説明します。
2. 神経成長因子(NGF)の上昇:恋愛の強度と相関があり、神経の可塑性に関与している可能性があります。
3. コルチゾールの上昇:ストレスホルモンの一種であり、関係初期の不安や緊張状態を反映しています。
オキシトシン(愛情ホルモン)については、直接的な測定は少ないものの、カップル形成期に血中濃度が高いというデータが存在します。
恋愛の4つの機能
機能的な観点から、著者は恋愛が生存と繁殖に関して以下の4つの役割を果たしていると整理しました。
1. 配偶者選択(Mate Choice):特定の相手にエネルギーを集中させ、他の候補を排除することで探索コストを下げる。
2. 求愛(Courtship):相手にコミットメントや誠実さをアピールし、関係を確保する。
3. 性行為(Sex):性的な接触を促進し、妊娠の確率を高める(避妊がない環境下において)。
4. ペア形成(Pair-bonding):長期的な絆を維持し、協力して子育てを行うための資源や心理的サポートを提供する。
著者の考察:母子愛着からの転用
進化の歴史(系統要因)に関する考察において、著者は「母子間の愛着メカニズムの転用説」を支持しています。
哺乳類の進化の過程で、母親が子供を育てるために発達させた神経回路やホルモン(特にオキシトシンシステム)が、後に男女間のペア形成のために再利用されたという仮説です。
著者らは、母性愛と恋愛が脳内の報酬系やドーパミン領域において重複した活動を示すことを、この仮説の根拠として挙げています。
新たな定義の提案
本レビューを通じて、著者は恋愛を単なる感情ではなく、「適応と副産物の複合体」であると結論づけました。
そして、これまでの心理学的定義に生物学的視点を加えた、以下の新しい定義を提案しています。
「恋愛とは、特定の個人との長期的な交配を希求する動機づけられた状態である。それは全生涯を通じて発生し、男女ともに特有の認知的・感情的・行動的・社会的・遺伝的・神経的・内分泌的活動を伴う」
著者は、現代の環境と進化環境のミスマッチ(オンラインデートや避妊技術など)が、本来の恋愛メカニズムの働き方に影響を与えている可能性についても指摘しています。
結び
恋愛は詩的な感情であると同時に、特定の相手と結びつき子孫を残すために進化が作り上げた、極めて生物学的なシステムであることが示されました。
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