2023年10月から12月にかけて、中国の貴州師範大学などの研究チームは、南西部の大学生464名を対象に、恋愛依存が心理的操作である「ガスライティング」の許容度にどのような影響を与えるかを調査しました。
この研究結果は、2025年4月に学術誌『Frontiers in Psychology』で公開されました。
今回のポイント
- 恋愛依存が強いほど、パートナーからの心理的操作を受け入れやすくなる。
- 「尽くしている実感」と「関係内の権力低下」が、操作を許す主要な原因である。
- 依存心は直接ではなく、関係性の歪みという「連鎖」を通じて作用する。
恋愛依存とガスライティングの関係を解明する調査
研究チームは、若年成人の恋愛関係において深刻な問題となっている「ガスライティング」に着目しました。
ガスライティングとは、嘘や否定、情報の操作によって、被害者が自分の記憶や判断力を疑うように仕向ける心理的虐待の一種です。
本研究では、18歳から30歳の大学生(男性163名、女性301名)を対象にオンラインアンケートを実施しました。
参加者は全員、少なくとも6ヶ月以上の交際経験がある個人に限定されています。
使用された4つの尺度
調査では、以下の4つの要素を測定する質問票が使用されました。
1. **恋愛依存度(LAI)**: 執着、離脱症状、耐性など6つの側面から恋愛への依存の強さを測ります。
2. **尽くしている実感(Sense of Giving)**: 相手に対して自分がどれほど感情的・行動的に貢献しているかの認識を測ります。
3. **関係内の権力(Relationship Power)**: 関係における意思決定やコントロールの主導権がどちらにあるかを測定します。
4. **ガスライティング許容度**: パートナーが自分の記憶を否定したり、嘘をついたりする行為をどの程度「受け入れられる」と感じるかを測ります。
数値で見る:依存が操作を許容させる「連鎖」
分析の結果、恋愛依存とガスライティング許容度の間には、有意な正の相関(r = 0.279, p < 0.01)が認められました。
しかし、統計モデルを用いて詳細に分析したところ、恋愛依存が直接的に許容度を高めているわけではないことが判明しました。
恋愛依存の影響は、以下の3つのルートを介して「完全媒介」されていたのです。
許容度を高める3つの心理ルート
1. **尽くしている実感ルート(寄与率 36.30%)**: 恋愛依存が強いと「自分は尽くしている」という実感が強まり(β = 0.668)、その投資を守ろうとして操作を許容してしまいます。
2. **関係内の権力ルート(寄与率 36.30%)**: 恋愛依存は関係内でのパワーを低下させ(β = -0.271)、その結果、相手の不当な扱いを拒絶できなくなります。
3. **連鎖ルート(寄与率 14.73%)**: 恋愛依存が「尽くしている実感」を強め、それが「権力の低下」を招き、最終的にガスライティングを許容するという一連の連鎖が確認されました。
これら合計87.33%の効果が、これら2つの要素(尽くしている実感・権力)によって説明されることが明らかになりました。
著者の考察:なぜ不当な扱いを「正当化」するのか
研究チームは、恋愛依存の人がガスライティングを許容してしまう背景に、いくつかの心理的メカニズムを指摘しています。
まず、プロスペクト理論に基づく「損失回避」の心理です。
依存傾向のある人は、これまで相手に投じた時間や感情的なエネルギーを「損失」したくないと考えます。関係の解消は損失の確定を意味するため、それを避けるために相手の操作を「愛の表現」や「一時的なストレス」として再解釈し、正当化する傾向があります。
また、相互依存理論の観点からは、過剰な献身が関係のパワーバランスを崩すと説明されています。
パートナーのニーズを優先しすぎることで自律性が失われ、自分のニーズを主張したり相手の虐待に異議を唱えたりすることが困難になります。
これにより、相手が支配力を強めるサイクルが強化され、被害者はさらに逃げ出せなくなるという悪循環に陥ります。
今後の課題と研究の限界
本研究にはいくつかの限界点も示されています。
一つは、今回の調査が横断的デザイン(ある一時点の調査)であるため、厳密な因果関係を断定するには今後の縦断的な研究が必要であることです。
また、データが大学生の自己報告に基づいているため、実際のカップル間での動的なやり取りを完全には捉えきれていない可能性があります。
著者は今後、自己肯定感や社会的支援などの変数が、この悪循環をどのように緩和できるかを探る必要があると述べています。
この研究結果は、恋愛関係における不当な操作を減らすためのカウンセリングや、健全な境界線を学ぶ教育プログラムの開発に役立つことが期待されています。
恋愛における過剰な依存と献身のバランスを理解することは、個人の精神的な健康を守るための重要な一歩となります。
参考文献
Wang, Y., Li, J., Zhang, Y., He, X., & Luo, Y. (2025). Why are we willing to tolerate manipulation? Love addiction and perceived acceptability of gaslighting: the mediating effects of sense of giving and relationship power. Frontiers in Psychology, 16:1525402. doi: 10.3389/fpsyg.2025.1525402


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