「彼(彼女)は何を考えているのかわからない」
恋愛において、パートナーの冷淡な態度に不安を覚えた経験はないだろうか。心理学において、これは「愛着スタイル」の違いとして説明されることが多い。
相手に過剰に愛を求め、見捨てられることを恐れる「不安型」。そして、親密さを避け、どこか他人行儀で冷めた態度をとる「回避型」。
一般的に、回避型の人々は他者に関心が薄く、二人の関係を重要視していないと考えられがちだ。彼らは心の壁を作り、感情をシャットアウトしているように見える。
しかし、エセックス大学をはじめとする研究チームが2024年9月に発表した研究は、この通説を覆す驚くべき事実を明らかにした。
実は、回避型の人々こそ、恋愛における出来事を「自分のアイデンティティ」と強く結びつけていることが判明したのだ。彼らは冷淡に見えるその裏側で、二人の関係の良し悪しを、自分自身の価値に直結させて一喜一憂しているのである。
「壁」の向こう側で何が起きているのか? 最新の心理学が暴いた、回避型人間の意外な内面に迫ろう。
今回のポイント
- 回避型の人は、恋愛の失敗を「自分の人間性の欠陥」として物語る傾向が強い
- 逆に恋愛の成功体験は「自分の肯定的な変化」として強く内面化している
- 一方で「不安型」の人は、出来事を自分のアイデンティティに結びつけないことが判明
402人のカップルを1年間追跡した「物語」の分析
私たちは日々、自分自身の人生を一つの「物語(ナラティブ)」として編纂しながら生きている。「あの失敗があったから、今の自分がいる」というように、過去の出来事に意味づけを行い、現在の自分と結びつける作業だ。これを心理学では「ナラティブ・アイデンティティ」と呼ぶ。
研究チームは、恋愛関係においてこの「物語」がどのように作られるのか、そしてそれが愛着スタイルによってどう異なるのかを調査した。
対象となったのは、現在交際中の402名の成人(平均年齢26歳)。英国と米国から集められた彼らは、すでにパートナーと確立された関係にある人々だ。
研究は1年間にわたり、3ヶ月ごとに計5回の調査を行うという長期的な追跡形式(縦断的研究)で行われた。参加者たちは、単にアンケートに答えるだけでなく、非常に個人的な「作文」を求められた。
「罪」と「絶頂」の告白
具体的な課題はこうだ。
1. **「違反(Transgression)」の物語:** 最近、パートナーを傷つけたり、怒らせたりした出来事を書いてください。
2. **「絶頂(High point)」の物語:** 最近、二人の関係で最高だった、極めてポジティブな出来事を書いてください。
参加者たちは、何が起きたか、その時どう感じたか、そして「それが自分や関係にとって何を意味するか」を詳細に記述した。
研究者たちは集められた膨大なテキストデータを解析し、そこに含まれる「自己イベント接続(Self-Event Connections)」を抽出した。これは、「この喧嘩のせいで、私は自分が短気な人間だと気づいた」のように、出来事を自分の性質や変化に直接結びつけている部分を指す。
冷淡で他人に興味がないとされる「回避型」と、常に相手の顔色を伺う「不安型」。どちらがより深く、恋愛イベントを「自分事」として捉えていただろうか?
回避型の脳内は「自分語り」で忙しい
結果は、多くの人の予想を裏切るものだった。
一般的に、回避型の人間は関係から距離を置き、心理的な関与を避けると思われている。したがって、恋愛での出来事を自分のアイデンティティに取り込むことにも消極的であるはずだ。
しかしデータが示したのは真逆の事実だった。回避傾向が強い人ほど、恋愛における出来事を積極的に「自分自身の物語」として解釈していたのである。
失敗は「俺が悪い」、成功は「俺がすごい」
具体的には、以下のような明確な傾向が見られた。
まず、パートナーを傷つけた「違反」の場面において、回避型の人はネガティブな「自己イベント接続」を行う傾向が強かった。「私が彼を無視したのは、私が冷酷な人間だからだ」というように、関係の失敗を自分の内面的な欠陥として処理していたのだ。
一方で、関係がうまくいった「絶頂」の場面では、ポジティブな「自己イベント接続」が頻繁に見られた。「彼女と素晴らしいデートができたのは、私が成長して配慮できるようになったからだ」というように、成功体験を自分のポジティブな変化として取り込んでいた。
つまり、彼らは「関係に関心がない」のではない。むしろ、関係の中で起きる良いことも悪いことも、すべてを「自分」というフィルターを通して強烈に内面化していたのだ。
彼らのクールな態度の裏側では、「またやってしまった、俺はダメな人間だ」という自己否定と、「今回はうまくいった、俺は変われた」という自己肯定が、激しく入り乱れている可能性が高い。
不安型の意外な「鈍感さ」
さらなる驚きは「不安型」の結果だ。
常にパートナーの愛を疑い、関係に執着する不安型の人々こそ、些細な出来事を自分の価値に結びつけて一喜一憂しそうに思える。しかし統計の結果、不安傾向の強さは、物語の構築(出来事を自分自身に結びつけること)と有意な関連を持たなかった。
これはなぜか? 研究チームは、不安型の持つ「認知的混乱」が原因ではないかと推測している。
不安型の人は、感情が不安定で、過去の記憶が歪みやすい傾向がある。そのため、一つの出来事から一貫した「教訓」や「自己像」を導き出すのが苦手なのかもしれない。あるいは、あまりにも辛い出来事(捨てられるかもしれない恐怖)を直視するのを避けるため、無意識に当たり障りのないエピソードを選んで語っている可能性もある。
いずれにせよ、「自分がない」と思われがちな不安型と、「自分を持っている」と思われがちな回避型という構図は、ナラティブ(物語)の視点からはあながち間違いではないのかもしれない。
「愛の物語」は「自分の物語」である
この研究結果は、私たちがパートナー、特に「何を考えているかわからない」回避型のパートナーを理解する上で重要なヒントを与えてくれる。
冷たさは防御反応か、それとも反省会か?
もしあなたのパートナーが回避的で、喧嘩の後に殻に閉じこもってしまったとしても、それは必ずしも「どうでもいい」と思っているわけではない。
彼らの脳内では、その失敗体験が「自分は人を愛せない人間だ」「自分は他人を傷つける存在だ」というネガティブなアイデンティティとして刻み込まれている最中かもしれないのだ。この強烈な自己否定から身を守るために、彼らは物理的・心理的な距離を取らざるを得ないのかもしれない。
逆に、彼らが機嫌が良いときは、単に関係が良好なだけでなく、彼らの自己肯定感が高まっている瞬間でもある。「自分はうまくやれている」という感覚を、彼らは密かに噛み締めている。
「私たち」の物語を取り戻す
研究者たちは論文の中で、「私たちの物語(The story of us)」は、結局のところ「私の物語(The story of me)」であると述べている。
私たちは恋愛を通して相手を見ているようでいて、実はその関係の中に映る「自分自身」を見つめ続けている。特に回避型の人々にとって、恋愛関係は自己定義のための重要な鏡なのだ。
もし、あなたの恋人が少し素っ気ない態度をとったとしても、即座に「愛されていない」と絶望する必要はない。彼らはただ、鏡に映った自分の姿を点検するのに忙しいだけかもしれないのだから。
鉄壁に見えるその城壁の内側では、主が一人で脚本を書き直し続けているのだ。
Reference:
Lamarche VM, Blackie LER, McLean KC (2024) The story of ‘us’ is the story of ‘me’: A cross-sectional test of the influence of insecure attachment on narratives of romantic transgressions and high points. PLoS ONE 19(9): e0306838. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0306838


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