「恋は落ちるもの」であり、自分の意志ではどうにもならないものだ。
多くの人はそう信じている。
燃え上がる恋心を抑えることができないのも、長年連れ添ったパートナーへの愛情が冷めていくのを止められないのも、すべては不可抗力だと諦めていないだろうか。
ミズーリ大学セントルイス校のサンドラ・J・E・ランゲスラグ氏ら研究チームが2016年8月に『PLOS ONE』で発表した研究は、この常識を覆すものだ。
彼らは、人間の脳には「恋心」のボリュームを意図的に上げ下げする機能が備わっていることを、心理学的アプローチと脳波測定によって科学的に実証したのである。
愛は、実はコントロール可能な認知プロセスだったのだ。
今回のポイント
- 多くの人は「愛は制御不能」と考えているが、実は制御可能である
- 「認知的再評価」を行うことで、愛着や恋心の強度は変化する
- 脳波測定により、主観的な気分だけでなく客観的な反応も変化したことが証明された
愛を「ハッキング」するための実験デザイン
研究チームは、平均年齢約21歳の男女40名を対象に実験を行った。
この40名は、2つのグループに分けられている。
1つは現在進行形でパートナーと交際中の「交際グループ(20名)」、もう1つは最近パートナーと別れたばかりの「失恋グループ(20名)」だ。
彼らに課されたのは、脳波(EEG)を測定するための電極を頭部に装着した状態で、パートナー(または元パートナー)の写真30枚を見続けるという、精神的に負荷のかかるタスクである。
3つの思考条件
実験の肝は、ただ写真を見るだけではない点にある。
参加者は写真が表示されるたびに、以下の3つの指示に従って思考を巡らせるよう求められた。
- 愛のアップレギュレーション(増強):パートナーや関係性の「良い面」(例:「彼はとても面白い」「私たちは相性がいい」)や、明るい未来(例:「結婚するだろう」)を意識的に考える。
- 愛のダウンレギュレーション(抑制):パートナーや関係性の「悪い面」(例:「彼女は怠け者だ」「よく喧嘩をする」)や、暗い未来(例:「ずっとは一緒にいられない」)を意識的に考える。
- 受動的な観察:特に意識的な操作を行わず、ただ写真を見る。
これを「認知的再評価(Cognitive Reappraisal)」と呼ぶ。
これは、状況に対する解釈を変えることで感情反応を調整する心理テクニックだ。
研究チームは、この思考操作を行った直後の「恋心の強さ(熱愛度・愛着度)」を自己申告させると同時に、LPP(Late Positive Potential:後期陽性電位)と呼ばれる脳波成分を測定した。
LPPとは、刺激提示から約300ミリ秒後以降に現れる脳波成分であり、対象への注意の量や感情的な重要度を反映する客観的な指標である。
念じるだけで脳の反応が変わった
実験の結果は驚くべきものだった。
多くの参加者が事前のアンケートで「愛はコントロールできないもの」と回答していたにもかかわらず、実際には意図的な思考操作が顕著な効果を発揮したのだ。
主観的な感情の変化
自己報告のデータにおいて、「愛の増強(良い面を考える)」を行った条件では、パートナーへの「愛着(attachment)」のスコアが有意に上昇した。
逆に、「愛の抑制(悪い面を考える)」を行った条件では、「熱愛(infatuation)」と「愛着」の両方のスコアが明確に低下したのである。
これは、現在交際中のグループであっても、失恋したグループであっても同様の傾向が見られた。
客観的な脳波の変化
主観的な思い込みだけではない。
脳波(LPP)の解析結果も、思考の切り替えが脳の反応を変えることを裏付けた。
「愛の増強」を試みた際、刺激提示から300〜400ミリ秒の初期段階でLPPの振幅が増大した。
これは、パートナーの写真に対する感情的な重要度が増し、より強い注意が向けられたことを意味する。
一方で、交際グループが「愛の抑制」を行った際には、700〜3000ミリ秒という比較的遅い時間帯においてLPPの振幅が減少した。
つまり、悪い面を意識するだけで、脳はパートナーの顔写真に対して「重要ではない」という反応を示したということだ。
ただし、ここには代償も存在する。
「愛の抑制」を行うと、恋心は確かに減少したが、同時に「不快感」や「ネガティブな気分」が増加することが判明した。
愛を消す作業は、脳にとって決して愉快な体験ではないのだ。
恋愛への実践的応用
この研究結果は、我々の恋愛生活に極めて実用的な示唆を与えている。
失恋から立ち直るために
失恋の痛手から早く立ち直りたい場合、「時間が解決するのを待つ」や「趣味で気を紛らわせる(気晴らし)」だけでは不十分かもしれない。
研究によれば、気晴らしは一時的に気分を良くするが、愛そのものの強さは変えない。
愛着そのものを断ち切るには、意識的に元パートナーの欠点や、二人の関係のネガティブな側面に焦点を当てる「再評価」が必要である。
「あの人は時間にルーズだった」「将来性がなかった」とあえて言語化して考えることが、脳レベルでの執着を弱める近道となる。
冷めた関係を修復するために
逆に、長期間の交際や結婚生活でときめきが薄れてしまった場合、関係の破綻を運命のせいにする必要はない。
意識的にパートナーのユーモアのセンスや、共有してきた素晴らしい記憶、二人の明るい未来を想像することで、愛着のレベルを再び引き上げることが可能だ。
愛は「落ちる」ものではなく、日々の思考によって「維持する」ものなのだ。
結局のところ、私たちの心臓を動かすのは自律神経だが、心を動かすハンドルは確かに自分の手の中にあるらしい。
ただし、そのハンドルを急に切りすぎると、事故(精神的な不快感)のもとになるので注意が必要だ。
参考文献:
Langeslag, S. J. E., & van Strien, J. W. (2016). Regulation of Romantic Love Feelings: Preconceptions, Strategies, and Feasibility. PLOS ONE, 11(8), e0161087.


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