東北大学大学院(当時)の五十嵐彰氏は、日本の現代社会においてどのような人が不倫(配偶者以外との性的関係)に走りやすいのかを調査した研究結果を発表しました。
「なぜあの人が不倫を?」という疑問は、ワイドショーだけでなく私たちの身近な人間関係でも尽きることがありません。この記事では、これまでベールに包まれていた日本国内における不倫の決定的な要因を、統計的なデータに基づいて明らかにします。読み終える頃には、不倫を単なる個人のモラルの問題ではなく、社会的な構造から理解できるようになるはずです。
不倫とは何かという問いに対し、簡潔に回答するならば、不倫とは既婚者が配偶者以外と性的関係をもつことで、主に学歴や男性の収入格差がその発生に影響を与えます。
今回のポイント
- 学歴が高くなるほど、男女ともに不倫をする確率が低下する
- 男性は「自身の高収入」または「妻より低収入」である場合に不倫しやすくなる
- 意外にも、夫婦の会話頻度やセックスの頻度は不倫の発生にほぼ影響しない
20代から50代の既婚男女770人を対象としたWeb調査
この研究では、朝日新聞社AERA編集部が実施した「仕事とセックスに関する調査」のデータが用いられました。2005年に行われたこのWeb調査は、20代から50代までの幅広い世代を対象としており、男女比が1対1になるように設計されています。
分析の対象となったのは、既婚者(または同棲中)で仕事を持っている男女770人です。研究チームは、このデータをロジスティック回帰分析という統計手法を使って解析しました。
ロジスティック回帰分析とは、ある事象(今回の場合は不倫をしているかどうか)が発生する確率が、どのような要因によって左右されているのかを導き出す計算方法です。これにより、単なる偶然ではなく、統計的に意味のある「不倫の引き金」を特定することが可能になります。
調査では、不倫の状態を「現在パートナー以外とのセックスをしている」「以前していた」「していない」の3つに分け、現在の不倫行動に影響を与える要因を、「機会(出会いや時間)」と「夫婦間関係(満足度や投資)」の2つのフレームワークから探りました。
男性は「低収入」でも「高収入」でも不倫のリスクが高まる
分析の結果、男性において非常に興味深い傾向が見られました。まず、男性自身の収入が高ければ高いほど、不倫をする確率が上昇します。これは、高収入が「経済的な余裕」や「権力」をもたらし、外で秘密の関係を維持するための資源になるためだと考えられます。
しかし、一方で注目すべきは「夫婦間の収入差」です。驚くべきことに、妻の収入が夫(自分)よりも高い場合、夫の不倫確率は、自分が主な稼ぎ手である場合よりも格段に高くなることが示されました。
この結果について、統計の信頼性を示す指標であるp値(有意差)は0.001未満(p<.001)という非常に強い相関を示しました。つまり、男性は自身の収入が上がって「機会」が増えたときだけでなく、妻に経済的に頼ることで「男性としてのアイデンティティ」が脅かされた際にも、それを補い回復させる手段として不倫を選ぶ傾向があることがわかったのです。
学歴が高いほど男女ともに不倫をしない傾向にある
男女どちらにも共通して、不倫を抑制する強力な要因となっていたのが「最終学歴」でした。高卒のグループと比較して、大卒以上のグループは統計的に有意に不倫をする確率が低いことが判明しました。
男性モデルのオッズ比(ある事象の起こりやすさの倍率)を見ると、大卒者は高卒者の約0.2倍、つまり5分の1程度しか不倫をしていないという結果が出ています。これは収入の影響を差し引いても残る効果であるため、単に「お金があるから」ではなく、高学歴であることによって培われた道徳的な規範意識や、自身の社会的評判を守ろうとする意識がブレーキになっていると推測されます。
夫婦仲の良さは、不倫を止める決定打にはならない
世間一般では「夫婦仲が冷え切っているから不倫をする」と考えられがちですが、この研究データはその常識を覆しました。驚くべきことに、以下の要素は不倫の発生にほとんど影響を与えていませんでした。
- セックスの頻度
- 平日の会話時間
- 子どもの数
- 労働時間の長さ
これらが不倫に影響しないということは、たとえ夫婦で頻繁に会話をし、性生活があったとしても、それとは全く別の動機(収入の誇示やアイデンティティの回復など)によって不倫が発生していることを意味します。不倫は「夫婦関係の内側にある問題」というよりは、むしろ「個人の社会的な立場や価値観」によって引き起こされる側面が強いと言えそうです。
不倫は「夫婦の親密度」とは独立して発生している
著者の五十嵐氏は、この分析結果をふまえ、「不倫は夫婦関係の状況とは連動せず発生しており、その規定要因は近代家族の埒外(らちがい)にある」と結論づけています。つまり、現代の結婚制度が理想とする「愛し合っているから他所見をしない」という論理が、現実には必ずしも機能していないことを示唆しています。
特に男性の場合、収入を通じた「男性性の欠如」が不倫への強い動機となっている点は重要です。仕事で妻より稼げない、あるいは主な稼ぎ手としての役割を果たせていないと感じた際に、別の女性との性的関係を通じて「男としての自信」を取り戻そうとする心理的メカニズムが働いている可能性があります。
一方で、アメリカなどの海外研究では「労働時間が長いほど不倫が増える」という結果も出ていますが、日本ではその傾向が見られませんでした。これについて五十嵐氏は、日本では長時間労働が単に肉体的・精神的な余裕を奪い去ってしまうため、不倫をするための活力そのものが失われているのではないかと考察しています。
本研究の限界点としては、2005年というやや古いデータであること、そしてWeb調査という性質上、サンプルが日本の人口構成を完全に反映しているわけではないことが挙げられています。しかし、日本の不倫行動を定量的に分析した数少ない貴重な研究であり、今後の家族社会学における重要な一歩となっています。
不倫は個人のわがままや夫婦の不和だけで片付けられるものではなく、社会的な地位や経済格差が生む「心の揺らぎ」が大きく関わっているのです。
さて、ここまでの内容を知ると、「では性格(パーソナリティ)の影響はどうなのだろう?」と気になる方も多いかもしれません。今回の研究では社会経済的な側面が強調されましたが、心理学の世界では「誠実性」や「開放性」といった個人の性格特性と不倫の関連についても多くの研究がなされています。社会的な要因と個人の気質、その両面から不倫を捉えることが、より深い理解への道しるべとなるでしょう。
五十嵐彰 (2018). 誰が「不倫」をするのか. 家族社会学研究, 30(2), 185-196.


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