人を好きになり、誰かと交際することは、私たちの心に大きな喜びをもたらします。しかし、その影響は単なる「気分」の問題だけではありません。
生理学研究所や名古屋大学などの研究チームは、恋愛が私たちの「脳の構造」を変化させている可能性や、親の夫婦関係がどのように子供の「将来の結婚観」を形作っているのかを明らかにしました。
この記事では、スマホでサクッと読める最新の科学的知見をもとに、愛と脳、そして家族の不思議な関係を紐解いていきます。
今回のポイント
- 交際中の人は脳の「報酬系(線条体)」の密度が減少しており、これが高い幸福感と結びついている。
- 親の夫婦仲が悪いと、本人の意思に関わらず「連合学習」によってネガティブな結婚観が形成されやすい。
- 親をポジティブに評価している場合のみ、親の良好な関係が本人の恋愛を経て良い結婚観に繋がる。
最新の脳画像解析と統計モデルで迫る「恋愛の正体」
恋愛が脳や意識に与える影響を調べるため、研究チームは高度な測定手法を用いました。一つは、脳の形をミリ単位で分析するMRI(磁気共鳴画像法)による調査です。
川道氏らの研究では、交際中の男女56名と交際していない男女57名の大学生を対象に、VBM(Voxel-Based Morphometry)という手法で脳の「灰白質」の密度を測定しました。灰白質(かいはくしつ)とは、神経細胞が集まっている部分で、情報の処理を行う脳の主要な部位のことです。
もう一つの名古屋大学の山内氏らによる研究では、大学生213名を対象に、親の夫婦関係と自身の恋愛、そして結婚観の関連を共分散構造分析(SEM)という統計手法で解析しました。これは、複数のデータの因果関係を複雑なパズルのように組み合わせて解明する手法です。これにより、目に見えない「意識のルート」を可視化することに成功しました。
交際中の人は「脳」が変化している?右背側線条体の密度と幸福度の関係
MRIを用いた調査の結果、驚くべき事実が判明しました。交際中の人は、そうでない人に比べて、脳の右背側線条体(みぎはいそくせんじょうたい)という部分の灰白質密度が有意に減少していたのです。
線条体(せんじょうたい)は、快感ややる気を生み出す「報酬系」と呼ばれるネットワークの中枢です。美味しいものを食べた時や褒められた時に活動する場所ですが、なぜ密度が「減る」のでしょうか?
研究チームは、これを「脳の効率化」や「適応」の結果だと推測しています。学習によって脳の回路が整理されるのと同様に、日々の恋愛による継続的な幸福感が、報酬系をより効率的な構造へと作り変えている可能性があるのです。
幸福度が高いほど脳の密度は低くなる?
実際に、SHS(主観的幸福度尺度)を用いたスコアとの関連を調べると、右線条体の密度が低い人ほど、主観的な幸福度が高いという逆相関(一方が増えれば一方が減る関係)が見られました。つまり、恋愛によって脳が「幸せモード」に最適化された結果、特定の部位の密度が変化していると言えるのです。
結婚観を決める2つのルート:親の不仲が「自動的」に与える影響
脳の変化だけでなく、「将来の結婚をどう捉えるか」という意識についても興味深い発見がありました。山内氏らの研究によると、親の夫婦関係が子供の結婚観に影響を与える仕組みには、大きく分けて2つのルートが存在します。
1. 抗えない「直接ルート(連合学習)」
一つ目は、親の夫婦喧嘩や不仲を日常的に見ることで、無意識に「結婚=嫌なもの」と結びつけてしまう直接ルートです。これは心理学で言うところの連合学習(れんごうがくしゅう)で、パブロフの犬のように、理屈ではなく「体験と感情」が直結して記憶されてしまうメカニズムです。
このルートの恐ろしい点は、子供が親をどう評価しているかに関わらず、自動的に発動するという点です。親のことが好きであっても、不仲な姿を見続ければ、将来の結婚に対してネガティブな予測を抱きやすくなることが統計的に示されました。
2. 意識が介在する「モデリングルート」
二つ目は、親の振る舞いをお手本にするモデリングルートです。親の仲が良い姿を見て「あんな風になりたい」と思い(ポジティブな主観的評価)、それを自分の恋愛に取り入れることで、最終的に「結婚は良いものだ」という確信に至るプロセスです。
しかし、分析の結果、このルートは「親の夫婦関係を高く評価している場合」にのみ成立することがわかりました。親を反面教師にしているようなケースでは、この手本としての影響は遮断されます。つまり、良い影響を受けるには「意識的な納得」が必要なのです。
愛は「経験」であり、脳と心はそれに適応していく
研究チームは、今回の結果から、恋愛が人間に備わった普遍的かつ強力な「ウェルビーイング(幸福な状態)」の装置であると結論づけています。恋愛によって引き起こされる日々のポジティブな経験が、脳というハードウェアを書き換え、主観的な幸せを支えているのです。
一方で、親の不仲が子供の結婚観に与える「直接的な負の影響」についても注意を促しています。無意識の学習は強力ですが、モデリングルート(高次の意識的なプロセス)によって、自分の恋愛を客観的に捉え直すことが、負の連鎖を断ち切る鍵になるかもしれません。
現在の研究には、対象が主に大学生であるという限定的な側面もありますが、私たちが誰かを想う時、脳も心も、そして未来の家族への眼差しも、刻一刻と変化し続けているのは間違いなさそうです。
恋愛も家族も、私たちの脳と心を形作る大切な「学びの場」なのかもしれません。
参考文献
Kawamichi, H., Sugawara, S. K., Hamano, Y. H., Makita, K., Matsunaga, M., Tanabe, H. C., Ogino, Y., Saito, S., & Sadato, N. (2016). Being in a Romantic Relationship Is Associated with Reduced Gray Matter Density in Striatum and Increased Subjective Happiness. Frontiers in Psychology, 7:1763.
山内星子・伊藤大幸 (2008). 両親の夫婦関係が青年の結婚観に及ぼす影響:青年自身の恋愛関係を媒介変数として. 発達心理学研究, 19(3), 294-304.


コメント