北海道大学大学院の山田順子氏らの研究チームは、日本とカナダの大学生を対象にした比較調査を行い、友人や恋人に対して感じる「親密さ」の文化差とその背景にある社会環境の影響について発表しました。
なぜ欧米人は日本人よりもパートナーとの親密性が高い傾向にあるのか。この記事では、最新の心理学理論である「関係流動性」というキーワードから、私たちの対人関係がどのように社会環境に左右されているのかを解き明かします。
今回のポイント
- カナダ人は日本人よりも親友や恋人に対してより強い親密性を感じている。
- この差は、新しい関係を築いたり今の関係を解消したりする「自由度」に起因する。
- 家族に対する親密性には文化による差が見られなかった。
日加の大学生311名を対象とした対人関係と環境の調査
研究チームは、日本の北海道大学の学生204名と、カナダのマニトバ大学の学生107名を対象に、心理学的な調査を実施しました。この調査の目的は、人々の心理傾向がその人が暮らす社会の構造に対する適応の結果として生まれると考える、社会生態学的アプローチに基づいて、親密性の文化差を説明することです。
調査では、主に以下の3つの指標が測定されました。
1. パートナーとの心理的距離を測る「IOS尺度」
参加者は、自分と「親友」「恋人」「最も親しい家族」のそれぞれについて、IOS(Inclusion of Other in the Self)尺度を用いて親密性を評価しました。これは、自己と他者を表す2つの円がどの程度重なっているかを、7段階の図から選ぶ手法です。
つまり、円の重なりが大きいほど、「自分と相手は心理的に一つに近い状態である」=「親密性が高い」と定義されます。この尺度は、言葉のニュアンスに左右されにくいため、国際比較において非常に信頼性が高い測定法とされています。
2. 社会の「選びやすさ」を測る「関係流動性尺度」
本研究の鍵となるのが、関係流動性(Relational Mobility)という概念です。これは、自分が所属する社会において、新しい出会いがあるか、また自分の意思で関係を自由に入れ替えられるかという「チャンスの多さ」を指します。
研究では、参加者自身の行動ではなく、彼らが周囲の環境をどう認識しているかを測定しました。具体的には、「新しい出会いの機会」と「関係を形成・解消する自由度」の2つの側面から評価を行っています。
カナダ人は恋人への親密性が高く、日本人は家族と同程度
調査の結果、パートナーの種類によって、日本人とカナダ人の親密性のパターンには明確な違いがあることが判明しました。
まず、親友に対する親密性得点(7点満点)は、日本人が平均3.77だったのに対し、カナダ人は平均4.63と有意に高い数値を示しました。また、恋人に対しても同様で、日本人の平均4.43に対し、カナダ人は平均5.27という非常に高い親密性を感じていました。
特筆すべきは、家族に対する親密性には国籍による差がなかった点です(日本4.62、カナダ4.77)。これは、家族という関係が、社会全体の流動性に関わらず「自分では選べない、解消しにくい関係」であるため、環境の影響を受けにくいためと考えられます。
国による親密性のパターンの違い
それぞれの国の中での比較でも、興味深い発見がありました。
- 日本: 親友よりも家族に対してより強い親密性を感じている。恋人と家族の差はほとんどない。
- カナダ: 親友と家族の差はなく、それらよりも「恋人」に対して圧倒的に強い親密性を感じている。
この数値の差は統計学的な検定においても有意(偶然ではない明確な差)であり、北米社会におけるパートナーシップの重要性がデータとして浮き彫りになりました。
「関係を解消できる自由」が親密さをブーストさせる理由
なぜ、自由に関係を選べるカナダ人の方が、特定の一人に対してより深い親密さを感じるのでしょうか。研究チームは、この謎を解くために媒介分析という手法を用いました。
これは、A(国籍)がC(親密性)に影響を与える際、その中間にB(関係流動性)という要因がどれくらい関わっているかを計算するものです。その結果、親友に対する親密性の差は、「関係を形成・解消する自由度」によって統計的に説明できることがわかりました。
研究チームは、高流動性社会(カナダなど)で親密性が高まる理由として、以下の適応的なメカニズムを推測しています。
1. 孤独感の回避
関係の入れ替わりが激しい社会では、誰とも繋がっていないと強い孤独を感じるリスクがあります。そのため、特定の相手と積極的に自己開示し、深い絆を築こうとする動機が強く働きます。
2. 関係維持のためのアピール
自由に関係を選べるということは、逆に言えば「相手からも選ばれ続けなければならない」ということです。高い親密性を感じ、手厚いサポートを提供することで、パートナーが他の魅力的な選択肢に移ってしまうのを防ぐ戦略として機能している可能性があります。
3. 親密でない関係の自然淘汰
関係を解消しやすい環境では、親密性が低い関係はすぐに終わってしまいます。その結果、残っている関係はすべて親密性が高いものばかりになる、という「選別の結果」である側面も考えられます。
研究の限界:なぜ恋人では「自由度」の影響が見えなかったのか
一方で、今回の研究では予測に反する点もありました。親友については「関係流動性」が親密性の差を説明していましたが、恋人についてはその関連が統計的に確認できなかったのです。
研究チームは、この理由として2つの可能性を挙げています。一つは、調査で用いた質問項目が「学校の友人や同僚」を想定したもので、恋愛市場特有の流動性をうまく測りきれていなかった可能性です。もう一つは、友情は同時に複数持てるのに対し、恋愛は基本的に一対一であるという「関係の質的違い」が影響している可能性です。
また、今回の研究は大学生を対象としているため、より広い年齢層や異なる文化圏においても同様の傾向が見られるかは今後の課題です。しかし、私たちが感じる「心のつながり」が、個人の性格だけでなく、私たちが住む社会の「出会いと別れの自由度」に形作られていることを示した意義は非常に大きいと言えます。
友情や恋愛の深さは、個人の努力だけでなく、社会という大きな器の影響を強く受けているのかもしれません。
参考文献:
山田 順子, 鬼頭 美江, 結城 雅樹 (2015). 友人・恋愛関係における関係流動性と親密性:日加比較による検討. 実験社会心理学研究, 55(1), 18-27. https://doi.org/10.2130/jjesp.1405


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