浮気を許すと村が滅ぶ?人類が「1対1」の愛を社会ルールにした2つの科学的理由

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「一生、君だけを愛するよ」

結婚式で誓われるこの言葉。ロマンチックな響きだが、生物学的な視点で見れば、これは極めて「不自然」な宣言だ。というのも、哺乳類全体を見渡して「一夫一婦制」を採用しているのは、わずか3〜5%に過ぎないからだ。猿の仲間である霊長類ですら、その多くは乱婚、あるいは一頭のオスが多数のメスを囲うハーレム制を謳歌している。

それなのに、なぜ私たち人間社会では「不倫は悪」とされ、これほどまでにパートナーへの忠誠を強烈に求めるようになったのだろうか? 「愛があるから」というのは、答えの半分に過ぎない。残りの半分には、人類が絶滅を回避するために編み出した、あまりにも合理的で冷徹な「生存戦略」が隠されていたのだ。

かつては自由恋愛を謳歌していたはずの我々の祖先が、なぜ「浮気=重罪」という厳しい縛りを作り上げるに至ったのか。最新の進化シミュレーションが解き明かした、愛の裏側に潜む衝撃の真実を見ていこう。

🔴 今回のポイント

  • 要点1:集団が「30人」を超えると、浮気による性感染症(STI)が社会を崩壊させる脅威になる
  • 要点2:一夫一婦制は「道徳」ではなく、細菌から村を守るための「検疫システム」として誕生した
  • 要点3:浮気者を罰する「社会的な怒り」こそが、人類の人口爆発を可能にした鍵だった

愛の起源は「細菌」との戦いにあった?

かつて、人類の祖先たちはもっと自由だった。少人数のグループで移動を繰り返していた頃、彼らは必ずしも一人の相手に縛られてはいなかったのだ。ところが、農耕が始まり、定住生活がスタートして集団の規模が大きくなると、ある「目に見えない敵」が牙を剥き始めた。それが性感染症(STI)だ。

カナダのウォータールー大学の研究チームは、数万年にわたる人類の進化をコンピューター上で再現する大規模なシミュレーションを行った。彼らが注目したのは、「集団のサイズ」と「病気の蔓延」、そして「社会規範」の相関関係だ。

実験の舞台設定はこうだ。まず、多種多様な交配ルールを持つ仮想の人間グループを複数用意する。一つは「浮気大歓迎」の奔放なグループ、もう一つは「一人の相手に固執する」真面目なグループだ。そこに、不妊や健康被害をもたらす恐ろしい感染症を投入し、数千世代にわたって何が起きるかを観察したのである。

「30人の壁」が恋のルールを変えた

結果は驚くべきものだった。集団の人数が30人程度の小規模なうちは、誰が誰と寝ようが、感染症は一時的な流行で終わり、集団は維持された。ところが、集団の規模が数百人、数千人と拡大した途端、自由恋愛グループは壊滅的な打撃を受けたのだ。

大規模な集団で浮気が繰り返されると、性感染症はまるで山火事のように広がり、出生率を劇的に低下させる。要するに、浮気者が多い村は「子供が生まれなくなり、滅んでしまう」というわけだ。

一方で、浮気者を厳しく処罰し、一夫一婦制を強制したグループは、感染拡大を最小限に抑え、人口を爆発的に増やすことに成功した。つまり、現代の私たちが「不倫は汚らわしい」と感じる心理的嫌悪感は、かつての祖先たちが細菌による滅亡を避けるためにアップデートした「脳のセキュリティソフト」の残滓なのだ。

「浮気者への罰」は文明を守るインフラだった

しかし、単に「浮気をしない」というだけでは不十分だった。なぜなら、自分たちがルールを守っていても、誰か一人が「スーパー・スプレッダー(大量感染源)」になってしまえば、村全体が危険にさらされるからだ。

ここで登場するのが、人類特有の「お節介な正義感」である。研究チームのシミュレーションによると、単に自分一人が誠実であるよりも、「ルールを破った他者を厳しく罰する」という性質を持つ個体が集団内に現れた時、一夫一婦制は最も安定して維持されることが判明した。

これは現代社会のバッシング構造とそっくりだ。芸能人が不倫をすれば、自分には何の直接的被害もないはずのネットユーザーたちが激しく攻撃する。この「第三者による処罰」という行動は、一見すると不合理で攻撃的に見えるが、進化の歴史においては、社会の衛生状態を保つための「免疫システム」として機能してきたのだ。

愛とは、高度に組織化された「公衆衛生」である

「情熱的な恋」も「嫉妬による怒り」も、突き詰めれば生存のためのツールに過ぎない。もし人類が細菌という驚異に晒されていなければ、私たちは今頃ボノボのように、挨拶代わりに交尾をするような、まったく異なる社会形態を持っていたかもしれない。

しかし事実は逆だ。一夫一婦制という「不自然な制約」を受け入れたことで、人類は大規模な都市を築き、高度な文明を発展させるための「人口の土台」を手に入れた。皮肉なことに、現代の自由で豊かな生活は、かつての祖先たちが「浮気=死」という恐怖と闘い、欲望を去勢した結果として存在しているのだ。

現代の私たちがこの「本能」とどう向き合うべきか

では、現代を生きる私たちは、この研究から何を学ぶべきだろうか?

まず理解しておくべきは、私たちが不倫報道を見て感じるあの「胸がざわつくような不快感」や、パートナーに対する「強烈な独占欲」は、論理ではなく、数万年かけてプログラミングされた生物学的防衛反応だということだ。これを「古い価値観だ」と一蹴するのは、火災報知器がうるさいからといって電池を抜くようなものである。

一方で、現代は医療が発達し、抗生物質やワクチンがある。かつてのように「浮気が即、村の滅亡」に直結するわけではない。それにもかかわらず、私たちの脳のOSは相変わらず「石器時代仕様」のままだ。この「文明の進化」と「脳のアップデート不足」のギャップこそが、現代の男女トラブルの火種になっていると言えるだろう。

これからの時代に必要なのは、単に感情に身を任せることではない。「なぜ自分はこれほどまでに嫉妬するのか?」「なぜ社会はこれほどまでに不倫を叩くのか?」という問いに対し、「それはかつての防疫対策の名残だ」と冷静にメタ認知することだ。科学的な視点を持つことで、泥沼の愛憎劇を少しだけ客観的に、そしてエレガントに眺められるようになるかもしれない。

結局のところ、私たちがパートナーに誠実であることを求めるのは、純粋な美徳というよりは、かつてのパンデミックを生き延びた先祖たちの「賢い処世術」だったのだ。愛が永遠であるかどうかは定かではないが、少なくとも「浮気をしないこと」が人類を今日まで生きながらえさせてきたことだけは、科学が証明している事実なのである。

次に誰かが浮気で炎上しているのを見かけたら、こう呟いてみよう。「おやおや、彼らの免疫システムが正常に作動しているようだね」と。


引用文献:
Bauch, C. T., & McElreath, R. (2016). Disease dynamics and costly punishment can foster socially imposed monogamy. Nature Communications, 7(1), 11219. https://doi.org/10.1038/ncomms11219

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