オーストラリア国立大学の研究チームが2021年4月、恋愛に関する包括的なレビュー論文を発表した。
彼らは生物学の古典的なフレームワークである「ティンバーゲンの4つの問い」を用い、これまでバラバラに論じられてきた恋愛のメカニズムを一挙に統合しようと試みたのである。
その結果、恋愛とは単なる情緒的な現象ではなく、「依存症と同じ脳回路」や「母子間の絆のシステム」を流用して作られた、極めて合理的な生物学的プログラムであることが浮き彫りになった。
詩人たちが何千年もかけて表現しようとした「愛」の正体を、科学は冷静かつ残酷に解き明かしている。
今回のポイント
- 恋愛は脳の報酬系をハイジャックする「自然な依存症」である
- 人間の恋愛感情は「母子間の愛着システム」が進化したものである可能性が高い
- 情熱的な愛の寿命は生物学的に「18ヶ月から3年」と設定されている
恋愛を「生物学的現象」として解剖する
愛について語るとき、我々はしばしば主観的な感情論に終始しがちだ。しかし、オーストラリア国立大学のアダム・ボーデ氏とジェフ・クシュニック氏は、この捉えどころのない現象を冷徹なデータとして扱った。
彼らは、動物行動学の父ニコ・ティンバーゲンが提唱した「4つの問い(至近要因、発達、機能、進化)」というフレームワークを採用し、心理学、神経科学、内分泌学、人類学にまたがる膨大な過去の研究データを体系化した。
対象となったのは、特定の実験参加者だけではない。fMRI(機能的磁気共鳴画像法)を用いた脳活動の研究から、世界中の狩猟採集民の婚姻データ、さらにはプレーリーハタネズミなどの動物モデルに至るまで、多岐にわたるエビデンスが動員された。
研究チームは、「恋愛」を単一の感情としてではなく、「配偶者選択」「求愛」「性行為」「ペア形成」という4つの異なる機能を遂行するために進化した、適応と副産物の複合セットとして再定義したのである。
愛の正体は「依存症」と「母性」のハイブリッド
脳内物質が引き起こす「自然な依存症」
メカニズムの観点から見ると、恋愛は薬物依存と驚くほど類似していることが確認された。
恋愛中の人間の脳をスキャンすると、腹側被蓋野(VTA)や側坐核といった「報酬系」が激しく活性化している。これらはコカインを使用した際にも活性化する領域だ。
研究によると、恋に落ちることで女性では少なくとも61の遺伝子の発現が変化することが示唆されている。また、神経伝達物質の変化も顕著だ。
特に興味深いのは、恋愛初期の男性においてテストステロン(男性ホルモン)レベルが低下するというデータである。これは攻撃性を下げ、パートナーとの絆を深めるための生物学的調整だと考えられる。
一方で、強迫性障害(OCD)の患者と同様に、セロトニントランスポーターの密度が低下することも判明した。恋人のことが頭から離れなくなる「強迫的な思考」は、脳機能の観点からは病的な状態と区別がつかないのだ。
恋愛の起源は「母親の子育て」にある
進化的な視点における最大の発見は、恋愛感情がゼロから発明されたものではないという点だ。
研究チームは、恋愛が「母子間の愛着メカニズム」を流用(co-option)して進化したという説を支持している。
哺乳類の歴史において、母親が子を育てるための神経回路(オキシトシンやドーパミンが関与する絆形成システム)は、恋愛よりもはるか昔に存在していた。
進化の過程で、このシステムが「配偶者」というターゲットに対して作動するように配線がつなぎ直されたのが、人間の恋愛なのだ。
恋人同士がお互いを「ベイビー」と呼び合ったり、幼児のような口調で話しかけたりするのは、生物学的に見れば、脳が母子関係と同じ回路を使用していることの現れであると言える。
「3年目の浮気」は生物学的に正しい
この研究は、恋愛の「賞味期限」についても冷徹な数値を提示している。
一般的に、情熱的な恋愛(ロマンティック・ラブ)の期間は「18ヶ月から3年」であるとされている。
この期間は、人間が妊娠し、出産し、授乳を終えるまでの期間とほぼ一致する。進化論的に言えば、情熱的な愛の機能は「生殖と初期の育児の間、ペアをつなぎ止めておくこと」にあるため、子供がある程度育てば、その激しい感情は用済みとなるわけだ。
その後、関係は「友愛的な愛(コンパニオネート・ラブ)」へと移行するか、あるいは解消されることになる。3年程度で関係が冷める現象は、個人の性格の問題ではなく、遺伝子に組み込まれたタイマーの作動によるものなのだ。
日常への応用:愛の「機能」を理解する
この研究結果を現実の恋愛に応用するならば、以下の知見が役立つだろう。
第一に、情熱の減退を恐れないことだ。交際から数年でドキドキしなくなるのは、脳の報酬系が正常に「適応」した結果であり、生物学的な必然である。それは関係の終わりではなく、より安定した「長期的ペア形成」への移行期であることを理解すべきだ。
第二に、失恋時の苦しみを客観視することだ。失恋は脳内麻薬(ドーパミン等)の供給が断たれた「離脱症状」である。自分がダメな人間だから辛いのではなく、脳が薬物切れの依存症患者と同じ状態にあるだけだ。
第三に、男性のパートナーが優しくなったり、以前より競争心がなくなったりした場合、それはテストステロンの低下による「ペアリング・モード」への移行である可能性がある。これを「男らしくなくなった」と嘆くのは、生物学的な成功を見誤っている。
恋愛とは、生存と生殖のために仕組まれた巧妙なトリックだ。
だが、タネも仕掛けも分かったからといって、その魔法の効果が消えるわけではないのが、人間の脳の面白いところである。
参考文献
Bode, A., & Kushnick, G. (2021). Proximate and ultimate perspectives on romantic love. Frontiers in Psychology, 12, 573123.


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