2019年10月、シカゴ大学のブリタニー・ブラナンド氏らの研究チームは、大人の長期的な恋愛関係において、パートナーと心理的に同化する「他者の自己への包含(IOS)」に関する最新の研究成果をまとめ、学術誌に発表しました。
今回のポイント
- 「絆」の本質は、相手を自分の一部として捉える心理的な包含にある。
- ユーモアや自己開示が、パートナーとの同質化を促進する鍵となる。
- 絆が深まると、相手の成功を自分のことのように喜べる一方で、相手の痛みも共有してしまう。
絆を科学的に測定する方法
研究チームは、人間が特定の相手と長期的に寄り添う心理的メカニズムとして「他者の自己への包含(IOS:Inclusion of Other in the Self)」に着目しました。
このIOSとは、自分自身のアイデンティティの中に相手のリソースや視点、アイデンティティを取り込んでいくプロセスを指します。
これを測定するために最も広く使われているのが「IOSスケール」です。これは、重なり具合が異なる7組の円から、自分とパートナーの関係に最も近いものを選んでもらう非常にシンプルな手法です。
この指標は言語の壁がなく、世界中で活用されています。2013年のレビュー以降、このスケールを提示した論文は3,800件以上の引用数を記録しており、信頼性の高い測定方法として確立されています。
近年では、SNSの利用実態を分析する新しい手法も登場しています。研究チームは、Facebook上の共通の友人、一緒に写っている写真、共通の「いいね」などの重なりが、自己申告によるIOSスケールの数値と正の相関関係にあることを突き止めました。
つまり、デジタル上での「重なり」もまた、実際の親密さや関係への投資意欲を客観的に示す指標になり得ることが示唆されています。
親密さを高める具体的な要因
研究では、どのような行動がパートナーとの心理的な重なり(IOS)を強めるのか、いくつかの重要な要因が特定されました。
1. 自己開示と共有体験
見知らぬ人同士であっても、段階的に個人的な情報を打ち明け合う「自己開示」を行うことで、IOSの数値が上昇することが実験で証明されています。
また、結婚7年目の夫婦を対象にした調査では、退屈な時間よりも「刺激的でエキサイティングな活動」を共有している夫婦の方が、9年後の結婚満足度が高いことが判明しました。この満足度の上昇は、IOSの向上によって仲介されていることがデータで示されています。
2. ユーモアの活用
2つの社会心理学実験により、ユーモアの使用は相手への好意や親密さと正の相関があることが確認されました。ユーモアを通じて「お互いに楽しんでいる」という感覚を共有することが、絆を形成する強力なエンジンとなります。
3. 視点の切り替え
対立が生じている場面でも、相手の視点に立とうとするトレーニングをあらかじめ受けているカップルは、回避型の愛着スタイルを持っていても、衝突後の親密さ(IOS)の低下を防げることがわかりました。
深すぎる絆がもたらす「痛み」の共有
相手を自分の一部として受け入れることは、多くのメリットをもたらします。例えば、相手の成功を脅威に感じず、自分のことのように祝えるようになります。また、会話の中で「私たち」という複数代名詞を多く使うようになり、関係へのコミットメントが強化されます。
しかし、絆の深さは課題も生み出します。研究では、相手の物理的な痛みが、自分の健康にまで影響を及ぼすという結果が報告されています。
変形性膝関節症を患う配偶者を持つカップルを調査したところ、患者の痛みが激しい日の夜は、その配偶者の睡眠の質も低下することがわかりました。特にIOSスケールで「非常に近い」と回答したカップルほど、この睡眠への悪影響が顕著に現れることが数値で示されています。
さらに、関係の解消時にもリスクが伴います。自分の一部となっていた相手を失うことで、自己のアイデンティティが混乱し、自己概念の明確さが失われるという現象が確認されています。相手に合わせた変化が、自分本来の価値観と衝突していた場合、そのダメージはより深刻になります。
「自分を良くする関係」か「悪くする関係」か
近年の新しい理論モデルでは、恋愛関係による「自己の変化」を以下の4つのパターンに分類しています。
1. 自己拡大:相手の影響で、自分にポジティブな特性が加わる。
2. 自己の剪定:相手の影響で、自分のネガティブな特性がなくなる。
3. 自己の収縮:相手のせいで、自分のポジティブな特性が失われる。
4. 自己の改悪:相手のせいで、自分にネガティブな特性が加わる。
研究の結果、自己拡大や自己の剪定といった「向上的な変化」を感じている人は、関係の満足度や献身度が高く、相手への許しや自己犠牲といった維持行動を積極的に取ることがわかりました。一方で、自己の収縮や改悪を感じている人は、満足度が低く、浮気などの不実な行動に走りやすい傾向があります。
また、興味深いことに「自分が相手をどれだけ自分の一部にしているか」だけでなく、「相手が自分をどれだけ自分の一部にしてくれているか」という認識も、絆の深さに大きな影響を与えることが判明しました。
今後の展望とまとめ
研究チームは、今回のレビューを基に、今後はパートナーとの死別が自己概念に与える影響や、動物のつがい形成における神経系と人間のIOSとの関連性を探る必要があると提唱しています。
また、IOSを固定的な「特性」としてだけでなく、その時々の「状態」として捉え、短期的な関係と長期的な関係での違いを明らかにすることも今後の課題としています。
人間がなぜ特定の他者と強く結びつくのか、その核心には自己を拡張しようとする根源的な動機が存在しています。
参考文献:
Branand, B., Mashek, D., & Aron, A. (2019). Pair-Bonding as Inclusion of Other in the Self: A Literature Review. Frontiers in Psychology, 10, 2399. https://doi.org/10.3389/fpsyg.2019.02399


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