自然科学研究機構生理学研究所(愛知県岡崎市)などの研究チームは、2016年11月、恋人がいる状態(交際中)が脳の構造変化と主観的な幸福度の向上に関連しているという研究結果を発表しました。
今回のポイント
- 交際中の人は、交際していない人に比べて主観的な幸福度が有意に高いことが分かりました。
- 脳の報酬系の一部である「右背側線条体」の灰白質密度が、交際中の人は減少していました。
- この脳の変化は、特定の相手を特別な報酬として捉える「感度の向上」を反映している可能性があります。
恋愛経験が脳の構造に与える影響を調査
研究チームは、113名の健康な大学生および大学院生を対象に、脳の構造と恋愛関係の有無を調査しました。
参加者は、現在交際中のグループ(56名:男性32名、女性24名、平均年齢21.8歳、交際期間平均17.0ヶ月)と、交際していないグループ(57名:男性32名、女性25名、平均年齢21.0歳)の2群に分けられました。
研究では、まず68名の参加者を対象に「主観的幸福度尺度(SHS)」を用いて心理的な幸福感を測定しました。その後、113名全員に対して3テスラMRI装置を用いた脳画像解析(VBM:ボクセルベース形態計測)を行い、脳内の神経細胞が密集する領域である「灰白質」の密度を比較しました。
幸福感の向上と脳の密度低下
調査の結果、心理面と脳の構造面の両方で明確な差異が確認されました。
1. 主観的幸福度の数値
交際中のグループの幸福度スコアは平均5.1であったのに対し、交際していないグループは平均4.6でした(p = 0.027)。この結果から、初期段階の恋愛関係は個人の幸福感を高める強い要因であることが示されました。
2. 脳構造の変化(灰白質密度)
MRI解析では、交際中のグループにおいて、脳の報酬系に関わる「右背側線条体」の灰白質密度が有意に低いことが判明しました(t = 4.99)。この差は、年齢や性別の影響を考慮しても統計的に有意でした。
興味深いことに、この脳の密度の低さは幸福度のスコアそのものとは直接的な相関がありませんでした。つまり、脳の構造変化は「幸福だから」起きるのではなく、「恋愛関係にある」という状態そのものに関連していると考えられます。
報酬への「感度」が調整される仕組み
著者は、この右背側線条体の密度低下について、脳内の「シナプス再構築」を反映している可能性を指摘しています。
線条体は快楽や報酬を処理する部位であり、これまでの研究では、薬物依存症やアルコール依存症の患者でも同様の密度低下が報告されています。しかし、依存症では左側の線条体に関連が見られるのに対し、今回の恋愛関係では右側に特有の変化が見られました。
研究チームは、恋愛というポジティブな経験を日々積み重ねることで、脳が特定のパートナーを「より重要な社会的な報酬」として処理するように調整されていると推測しています。灰白質密度が低くなることは、神経回路が効率化され、特定の刺激に対する感度が高まっている状態を意味すると考えられます。
また、この変化は可逆的である可能性も示唆されており、パートナーとの親密な関わりが、大人の脳をより社会的な報酬に適応させる発達的な役割を果たしていると結論づけています。
良好な恋愛関係は、心に幸福をもたらすだけでなく、脳の報酬系という深いレベルにまでその痕跡を残しています。
参考文献
Kawamichi, H., Sugawara, S. K., Hamano, Y. H., Makita, K., Matsunaga, M., Tanabe, H. C., Ogino, Y., Saito, S., & Sadato, N. (2016). Being in a Romantic Relationship Is Associated with Reduced Gray Matter Density in Striatum and Increased Subjective Happiness. Frontiers in Psychology, 7, 1763. https://doi.org/10.3389/fpsyg.2016.01763


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