大学生の恋愛とアイデンティティ:不安が「自分らしさ」を育てる理由

和光大学現代人間学部の高坂康雅教授は、恋人のいる大学生を対象とした継続的な調査を行い、恋愛関係が個人の「アイデンティティ(自分らしさの確立)」にどのような影響を与えるかを発表しました。

多くの若者が経験する「相手に嫌われたくない」「この関係を失いたくない」という不安が、実は自分自身を定義し、成長させるための重要なステップになっていることが明らかになりました。この記事では、恋愛を通じた心の成長のメカニズムを詳しく解説します。

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恋愛におけるアイデンティティ形成とは何か?

恋愛における成長とは、相手への不安を糧に「自分らしさ」を確立し、社会へ踏み出す活力を得ることです。

参考文献

高坂康雅 (2013). 大学生におけるアイデンティティと恋愛関係との因果関係の推定:恋人のいる大学生に対する 3 波パネル調査. 発達心理学研究, 24(1), 33-41.

高坂康雅 (2026). 大学生における恋愛関係の形成とアイデンティティとの関連に関するさらなる考察 ――小沢氏のコメントに対するリプライ――. 青年心理学研究, 36(1), 111-114.

今回のポイント

  • 「関係への不安」がアイデンティティを強める刺激になる
  • 恋愛で得た「自分は自分である」という感覚は別れても消えない
  • 恋人は社会(外の世界)に挑戦するための「エネルギー源」になる

大学生126名を約1年間追跡した「3波パネル調査」

高坂教授は、交際中の大学生126名(男子38名、女子88名)を対象に、約3〜4ヶ月の間隔をあけて合計3回の調査を実施しました。これを専門用語で3波パネル調査と呼びます。同じ人に対して時間を置いて何度も同じ質問をすることで、変化の「原因」と「結果」を統計的に推測できるのが特徴です。

調査では、以下の2つの尺度(物差し)が使われました。

1. 多次元自我同一性尺度(MEIS)

これは、その人がどれくらい「アイデンティティ」を確立しているかを測るものです。アイデンティティとは、言い換えると「自分は何者であり、どこへ向かおうとしているのか」という確信のことです。具体的には、「自己斉一性・連続性(昨日も今日も自分は同じ人間だという感覚)」や「心理社会的同一性(社会の中で役割を持っている感覚)」など、4つの側面から測定されます。

2. 恋愛関係の影響項目

恋愛が本人にどのような影響を与えているかを測ります。「自己拡大(視野が広がる)」「充足的気分(幸せを感じる)」といったポジティブな面だけでなく、「時間的制約(自分の時間がなくなる)」「関係不安(嫌われるのが怖い)」といったネガティブな側面を含む7つの要素で構成されています。

意外な発見:相手を失う「不安」が自分を強くする

分析の結果、非常に興味深い因果関係が見えてきました。それは、「関係不安」が高いほど、その後のアイデンティティの得点が高まるという現象です。

具体的には、調査の1回目や2回目で「相手の気持ちが気になる」「別れるのが不安だ」と強く感じていた学生ほど、数ヶ月後の調査で「自分らしさ」がよりしっかりと確立されていました。なぜ、不安が成長につながるのでしょうか?

研究チームは、これを「アイデンティティのための恋愛」という概念で説明しています。アイデンティティがまだ未熟な青年期において、恋人は自分を定義するための重要な鏡になります。「この人を失ったら自分がいなくなってしまう」という危機感を持つことで、逆に自分の存在を強く意識し、自分を保とうとする努力が自己形成を促すと考えられるのです。

別れても消えない「中核的なアイデンティティ」

2026年のリプライ論文では、さらに深い考察が加えられています。高坂教授は、アイデンティティを「親密な関係によって高まる部分」と「社会活動によって高まる部分」に分けて考えています。

「自己斉一性・連続性(自分は自分だという感覚)」や「対他的同一性(他者との違いを認める感覚)」などは、恋愛のような親密な関係を通じて強化されます。注目すべきは、これらの感覚は一度高まると、たとえ恋人と別れたとしても低下しにくいという点です。

つまり、ある恋愛で手に入れた「自分はこういう人間だ」という自信や感覚は、次の恋愛や人生のステージにおいても、自分の中に残り続けます。恋愛の経験は、その関係が終わったとしても、自分自身の一部として蓄積されていくのです。

恋愛のエネルギーを「外の世界」へ向ける好循環

教授は、青年期の恋愛を「エネルギーの循環」として図示しています。アイデンティティが不十分な状態では、自分一人で社会に立ち向かうのは大変なことです。しかし、恋愛相手から「補助」や「補強」を受けることで、外の世界(勉強、仕事、インターンシップなど)に挑戦する勇気が湧いてきます。

1. 恋人からエネルギー(安心感や自己肯定感)をもらう。
2. そのエネルギーを使って、外の世界での活動(アイデンティティ形成に繋がる活動)に取り組む。
3. そこで成果を出し、自分自身のエネルギーが増える。
4. 増えたエネルギーを今度は恋人に返す。

このようなエネルギーの好循環が生まれることが、青年期における理想的な恋愛のあり方だと推測されています。単に二人だけの世界に閉じこもるのではなく、相手を支えにして社会へと踏み出していくことが、本当の意味での「自分らしさ」に繋がるのです。

研究の限界:すべての学生に当てはまるわけではない

今回の研究にはいくつかの注意点もあります。まず、調査の過程で対象者が当初の3分の1程度まで減少してしまったため、特に男子のデータが少なく、結果の一般化には慎重になる必要があります。また、恋愛における「自己拡大」の効果については今回の分析では明確な有意差が見られませんでした。アイデンティティ形成には、恋愛以外の要素も複雑に絡み合っていることを忘れてはなりません。

恋愛における不安や悩みは苦しいものですが、それはあなたが「自分」という存在を確立しようともがいている証拠かもしれません。その経験は、今の関係がどうなろうとも、決して無駄にはならないのです。


今回の記事を読んで、「恋愛が自分を育てるなら、今は恋人がいない自分はどうすればいいの?」と疑問に思った方もいるかもしれません。実は、アイデンティティ形成には恋愛以外にも強力なルートがあります。高坂教授の「エネルギー循環」モデルでも触れられていたように、勉強や部活動、ボランティアといった「外の世界での活動」そのものが、自分自身のエネルギーを直接生み出す源になります。恋愛を「支え」にする人もいれば、活動そのものを「支え」にする人もいる。どちらも自分らしさを作る大切な道なのです。

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