2025年2月、スロバキアのコメニウス大学医学部のヤロスラヴァ・バブコヴァ博士らの研究チームは、恋愛の各段階における脳内物質とホルモンの役割をまとめた包括的なレビュー論文を発表しました。
この研究は、私たちが感じる「愛」という複雑な感情が、体内の生化学的なメッセンジャーによってどのように制御されているのかを分子レベルで明らかにすることを目的としています。
今回のポイント
- 恋愛の段階(惹かれ、親密、結合)ごとに、ドーパミンやオキシトシンなど異なる分子が主導権を握る。
- 初期の恋愛では、男女でテストステロンの値が逆の変化を見せ、互いの行動を近づける可能性がある。
- 現代のSNS利用や生活習慣の変化が、愛情形成に必要なホルモンバランスを乱す要因となり得る。
恋愛を駆動する分子の調査手法
研究チームは、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)や陽電子放出断層撮影(PET)などの脳画像診断技術を用いた先行研究、および血液や唾液から採取されたホルモンデータの変化を網羅的に分析しました。
分析対象となった物質は、ドーパミン、オキシトシン、バソプレシン、セロトニン、テストステロン、コルチゾール、神経成長因子(NGF)など多岐にわたります。
また、これらの物質がどのように「性的魅力(アトラクション)」「親密さと感情的近さ」「絆とコミットメント」という3つのフェーズに関与しているかを分類しました。
分析結果:数値と分子の変化
1. 初期恋愛におけるテストステロンの逆転現象
24人の参加者を対象とした研究データの分析によると、交際開始から6ヶ月以内の「初期の恋」の状態にある時、男女のテストステロンレベルに特異な変化が見られました。
男性の場合、独身者や長期的な交際者に比べて、テストステロンの値が大幅に減少していました。
逆に女性の場合、初期の恋愛段階ではテストステロン濃度が有意に上昇していることが確認されました。
これにより、男女のホルモンプロファイルが一時的に近づき、男性は特定のパートナーへ注意を集中させ、女性は性的な欲求が高まるという、生殖の可能性を最大化するための変化が起きていると指摘されています。
2. 恋愛の「狂気」とセロトニンの低下
恋愛初期の激しい執着や強迫的な思考は、セロトニン系の変化と密接に関連しています。
研究では、恋に落ちたばかりの個人の血液中セロトニンレベルは、強迫性障害(OCD)の患者と同程度に低下していることが示されました。
これは、相手のことが頭から離れない、常に相手の状態を確認したくなるといった恋愛特有の「ストーカー的な側面」を説明する生化学的な根拠となっています。
3. 絆を深めるオキシトシンとバソプレシン
情熱的な恋愛から安定した愛着へと移行する際、重要な役割を果たすのがオキシトシンです。
34組の新婚夫婦を対象とした研究では、唾液および血漿中のオキシトシン濃度が高いほど、関係の苦痛が少なく、結婚生活の質が高いという相関が認められました。
また、4週間の「温かい接触(マッサージやハグなど)」を増やす介入を行ったグループでは、対照群と比較して、男女共に唾液中のオキシトシン濃度が有意に上昇しました。
現代社会が及ぼす影響と今後の課題
研究チームは、現代のライフスタイルがこれらの愛の分子に悪影響を及ぼしている可能性についても考察しています。
米国の一般社会調査データに基づくと、2010年代初頭の成人は、1990年代後半の成人と比較して、性交渉の頻度が年間で約9回減少しています。
また、SNSの過剰な利用がドーパミン報酬系を刺激し続け、対面での相互作用による自然なオキシトシン放出の機会を奪っている可能性が示唆されています。
著者らは、愛が個人の健康や幸福に不可欠なものである以上、これらの生物学的メカニズムを理解することが、孤独や抑うつ、人間関係の悩みに対する新しい治療法の開発に繋がると推測しています。
ただし、愛は文化、年齢、個人の性格、さらには居住環境(都市か郊外か)など多くの要因に左右される極めて複雑な現象であるため、今回の知見を解釈する際には注意が必要であるとも明記されています。
分子レベルの愛の探究は、私たちがなぜ人を愛し、どのように絆を保つのかを解き明かす鍵となります。
参考文献:
Babková, J., & Repiská, G. (2025). The Molecular Basis of Love. International Journal of Molecular Sciences, 26(4), 1533.


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