好きな人と目が合った瞬間、とっさにプイッと顔を背けてしまった経験はないだろうか?
あるいは、本当は話したいのに、相手が近づいてくるとわざと冷たい態度をとって逃げてしまう。
世間ではこれを「好き避け」や「ツンデレ」と呼び、一種の恋愛テクニックや可愛げのある性格として扱うことがある。しかし、当の本人にとっては地獄だ。「またやってしまった」という自己嫌悪と、「嫌われたかもしれない」という絶望が毎晩枕を濡らすことになる。
なぜ、私たちは最も愛したい相手を、最も遠ざけてしまうのか?
最新の心理学研究が、その残酷なメカニズムを解き明かした。驚くべきことに、「好き避け」は性格の問題ではなく、脳に備わった『セキュリティーシステム』の誤作動だったのだ。
それはあたかも、微風が吹いただけで核ミサイル発射ボタンを押してしまう、壊れた警報装置のようなものである。
🔴 今回のポイント
- 要点1:好き避けは「関係調整リスクモデル」における過剰な自己防衛反応である
- 要点2:低自尊心者の脳は、愛される喜びより「拒絶される痛み」を優先して処理する
- 要点3:パートナーの何気ない言動を「攻撃」と誤認する認知の歪みが原因
愛の「ブレーキ」が壊れた実験室
この不可解な行動の正体を暴くため、心理学者サンドラ・マレー博士らが提唱する「リスク制御モデル(Risk Regulation Model)」に基づいた一連の研究が行われた。
研究チームは、恋愛関係にある平均年齢20代のカップル数百組を対象に、ある意地悪な実験を仕掛けた。
彼らは参加者に対し、「パートナーがあなたの性格についてどう思っているか」という偽のフィードバックを与えたのだ。一部のグループには「パートナーはあなたのことを少し不満に思っているようだ」という、軽微な拒絶のサインをほのめかした。
通常であれば、「えっ、どこが悪いの?話し合おう」となるはずだ。しかし、「好き避け」傾向のある(自尊心が低い)参加者の反応は劇的だった。
彼らは即座に心のシャッターを下ろし、パートナーへの愛情評価を意図的に引き下げ、物理的・心理的な距離を取ろうとしたのである。
要するに、「あなたが私を捨てるんじゃない。私があなたを捨てるんだ」という先制攻撃を、無意識のうちに発動させたわけだ。
「心の痛み」は「物理的な痛み」と同じ
なぜここまで過剰に反応するのか? 脳科学的な視点で見ると、さらに興味深い事実が浮かび上がる。
fMRI(機能的磁気共鳴画像法)を用いた先行研究において、人が「社会的拒絶」を感じた時に活性化する脳の部位(前帯状皮質)は、「身体的な痛み」を感じる部位と重なっていることが分かっている。
つまり、好きな人に冷たくされることは、脳にとって「ナイフで刺される」のと同等の緊急事態なのだ。
結果:喜びより「防御」を優先する脳
研究データの分析から、「好き避け」をする人の脳内で起きている悲しい計算式が明らかになった。
人間の脳には、対人関係において2つの相反するシステムが備わっている。
1つは「結合システム」。相手に近づき、愛を育もうとするアクセルだ。
もう1つは「自己保護システム」。傷つくことから身を守ろうとするブレーキだ。
健全なメンタルの持ち主は、相手が好意を示せばアクセルを踏む。しかし、「好き避け」をしてしまう人の脳は、自己保護システムの設定値がバグっている。
彼らは、相手の「ちょっとした返信の遅れ」や「素っ気ない態度」を、「拒絶の予兆」として過大に検知する。その感度は通常の人のおよそ2倍以上とも言える過敏さだ。
その結果、脳は「緊急回避!これ以上近づくと死ぬぞ!」という強烈なアラートを鳴らし、本心とは裏腹に冷たい態度を取らせる。
単純に言えば、彼らは「美味しい料理(愛)」を食べたいのに、「食あたり(拒絶)」が怖すぎて、料理ごとテーブルをひっくり返している状態なのだ。
恋の駆け引きとは真逆の心理
よくある勘違いとして、「好き避けして相手の気を引こうとしている」というものがある。
しかし、データはそれを否定する。「駆け引き」は相手をコントロールするための能動的な行動だが、「好き避け」は恐怖からくる受動的なパニック反応だ。
彼らは相手を試しているのではない。ただ、自分のガラスのハートが粉々になるのを防ぐために、必死で防空壕に逃げ込んでいるに過ぎない。
誤作動するアラートを止める方法
では、この厄介な「好き避け」システムを解除するにはどうすればいいのか? 科学は認知のアップデートを推奨している。
1. アラートを「誤報」とラベル付けする
好きな人を避けたくなった時、それは「相手が自分を嫌っているから」ではなく、「自分の脳がパニックを起こしているから」だと自覚することだ。
「今、警報が鳴っているな。でもこれは誤作動だ」と客観視するだけで、衝動的な回避行動は抑制できる。
2. 相手側の対策:追いかけすぎない
もしあなたのパートナーが好き避けをするタイプなら、無理にこじ開けようとしてはいけない。彼らは防空壕にいる。ドアを叩けば叩くほど、彼らは恐怖を感じてさらに奥へ逃げ込む。
必要なのは、一貫した「敵意のなさ」を示すことだ。「今はそっとしておくけど、私はここにいるよ」という安定した態度こそが、彼らの過敏なセキュリティーシステムを解除する唯一のパスワードとなる。
「好き避け」は、臆病すぎる心が着込んだ重たい鎧だ。
もしあなたがその鎧を着てしまっているなら、まずはその重さを認めよう。そして、少しずつ脱いでも案外世界は安全だということを、脳に教えてあげることだ。
愛に「絶対安全」はない。だが、「冒険しない人生」よりはずっとマシなはずだ。
Reference:
Murray, S. L., et al. (2006). The regulation of the defense against invisible predators: Signing systems in close relationships. Journal of Research in Personality.
Cavallo, J. V., et al. (2012). Secure attachment and the defense against rejection. Personality and Social Psychology Bulletin.


コメント